二枚舌のトカゲマン
あらすじ
意図せず獣帝と遭遇した道周たちは、このチャンスを逃すわけにはいかない。この機をものにすべく、あの男が動き出す。
「「親方」って、まさか、この大男が「獣帝」か?」
角の聳える大男に気圧されていた中、第一声は道周から放たれた。
対する親方は、気にする素振りを全く見せない。
「おうよ。おれは他所じゃ「獣帝」だなんて大仰に言われているがな。グランツアイクじゃやつらは皆、「親方」だの「旦那」だの、「バルボー」だの呼んでいる。
まぁ、好きに呼んでくれや。おれとしては、あまり堅苦しくない方が好ましいがな! たはは!」
獣帝は、相変わらずの豪快な哄笑を上げる。
「昨日辺りから、どうもどこかで「獣帝、獣帝」と呼ばれてむず痒かったが、それはあんたらが言ってたんだよな?」
「聞こえていたのかよ……」
「おうよ。おれの耳は地獄耳つってな!」
たはは!
獣帝は楽しそうに声を上げる。一頻り、愉快そうな哄笑を上げら後、領主としての顔を垣間見せる。
「――――では、改めて。おれがグランツアイクの領主、バルバボッサ・バイセだ。あんたらは、おれに一体何の要件がある?」
先ほどまでの笑顔はどこへやら。獣帝こと、バルバボッサは真剣な面持ちで道周たちを見下ろす。
額から生え揃う2本の牛角を煌かせ、獰猛な眼光で睨みを効かせる。その眼光は、雄牛の獣人にも関わらず、肉食獣を彷彿とさせる粗暴さが見て取れる。
その鋭い眼光に晒されても尚、勇気を振り絞ったマリーが一歩を踏み出した。
「私たちはイクシラから来ました! 獣帝さんに、折り入ってお願いがあります!」
「ほほう……。イクシラから、ね……」
マリーの言葉を噛み締め、バルバボッサは眉をひそめた。慎重に言葉を反芻し、その真偽を咀嚼する。
バルバボッサは淀みのない眼光でマリーを観察する。つま先から頭の先までを見回し、信用に値するか吟味する。
バルバボッサの圧力に押され、マリーは思わずたじろいでしまう。それでも気丈に胸を張り、強気の視線で返す。
「まぁ待てマリー。ここは俺が引き受けよう。そのための参謀だ」
すると、マリーを庇うようにリュージーンが割って入った。片手に鞄を提げ、リュージーンはしたり顔でバルバボッサと対峙する。
背筋を伸ばしたリュージーンの全長は2メートルに及ぶのだが、それでもバルバボッサの身長の方が高い。
普段のリュージーンならば、とっくに気圧されて退散しているだろう。が、今回のリュージーンは何かの策を持っているようで、簡単に退いたりはしない。
バルバボッサは、強気な表情を浮かべるリザードマンに怪訝な顔をする。そしてリュージーンを観察し、その出で立ちから素性を探る。
他の道周とソフィも慎重に見回し、大きな鼻を小刻みに震わせる。面々の臭いを嗅ぎ分け、不思議そうな声を上げる。
「イクシラから来たって言う割に、おかしなメンツだな。リザードマンに人間、魔女にハーフエルフの旅の一行が、本当にイクシラの住人か?」
「そこに虚偽はない。それに俺らは、イクシラの領主からの遣いだぜ? 丁重に扱えよ領主サマ」
「ほほう。面白いことを言うな、トカゲ風情が」
短い言葉を交わしただけだが、バルバボッサはすでに額に血管を浮かべている。
不貞な言葉を強気に言い放つリュージーンは表情を崩さないが、後ろで見守るマリーたちはハラハラして仕方ない。不安そうにリュージーンを見詰めて、祈るように手を組む。
「イクシラ領主からの遣いってことは、アドバンの坊主か。あの若造が外交の使者を送るなんて、聞いたことがねえが」
「それもそうだろうな。なんて言ったって、そっちが持っている情報もう遅い」
「何だと?」
グランツアイクの領主に開口一番でぶつける言葉ではない。挑発するような言動に、バルバボッサは微かに怒りを滲ませる。
マリーとソフィは、リュージーンの綱渡りをするような交渉術に気が気でならない。言葉を付け加えようかと口を開けると、それを阻む手が横から伸びた。
「ここはリュージーンに任せよう」
「でも、あの言い方は相手を舐めすぎだよ」
「ですです。穏便にことを運ばなければ」
「大丈夫、何か策があってのことだ。そうじゃないと、あのチキントカゲが綱なんて渡るはずがない」
「ミッチーが」
「そう言うのでしたら……」
道周に言い包められ、マリーとソフィは溜飲を下げる。もの言いたげな表情のまま、口を結んでリュージーンを見守る。
仲間からの信頼の視線を背中に、リュージーンは強硬姿勢を崩さない。
「確かに、現在のイクシラの領主は夜王、アドバン・ドラキュリアだ。しかし、つい先日、夜王の政治は崩された」
「……」
バルバボッサは、リュージーンの言葉に興味を示した。割り込むように質問をすることもできたが、閉口して続きを促す。
「俺たち4人は、いわば「新生イクシラ」を知る者だ。イクシラで発生した事件の、顛末を知っている」
「あの夜王の圧政で、事件ね。となると、革命か……」
「そうだ」
是とした言葉に、バルバボッサは表情を明るくした。ゴツゴツとした頬を吊り上げ、リュージーンが言おうとしていることの先を読む。
「ならば、あんたらの主はもしかすると……?」
「白夜王、セーネ・ドラキュリアだ」
「なんと! やはり生き延びていたか!」
滲ませた怒気はどこへやら。バルバボッサは、無邪気に破顔して喜びを露わにする。
獣帝に生まれた漬け込む隙を見逃さず、リュージーンは次なる展開へことを運ぶ。
「この話は長くなるんだが……」
「いいだろう。あんたらの話を全て信じたわけではないが、もし作り話だとしても興味深い。場所を変えよう。話くらいは聞いてやろう」
バルバボッサの快諾を受け、リュージーンは深々と頭を垂れる。それに続くように道周も腰を折り、遅れてソフィとマリーが倣う。
リュージーンの二枚舌により、獣帝の時間を確保することに成功した。後は、どうやって獣帝を説得するか、である。




