獣帝、降臨
あらすじ
捕えたウービーを連れ、道周たちは近くの街を目指す。荒れた獣道を超え、森林地帯を踏破したとき、天変地異が巻き起こる。晴天に暗雲が満ちるとき、雷鳴とともに獣帝が降臨する。
木々が生い茂る森林の獣道には、うららかな木漏れ日がまだらに差し込んでいる。野獣の脚で切り開かれた道、いわゆる獣道を行く5人と2頭の一行が鼻歌交じりに突き進んでいた。
「ほらほら、気張って押すー!」
戦闘を行くマリーが、調子よく号令を上げる。
脚を負傷したギュウシはマリーが手綱を取り、道周は松明を片手に周囲を警戒する。
戦闘を放棄した罰を受けるリュージーンは、息を荒らげて荷車を押す。
盗賊を働いた罰を受けるウービーは、息を荒らげて荷車を押す。
「あ、あと少しで街に到着するはずだ……」
荷車を押すウービーが、荒い呼吸の中で道標を示した。
先が見えない獣道の中、吉報に顔色を明るくしたソフィが振り向いた。
「いいですね! 私たちにとっては、まだ通過点ですが」
「その「私たち」に、オレは含まれて……?」
「います。もちろんです」
「わー、ソフィ鬼畜ー」
笑顔のまま、容赦のない宣告をするソフィを、マリーが囃し立てた。
対照的に、ウービーは大きく深い絶望の溜め息を吐く。
そんなやり取りをしている間に、警戒をしていた道周が声を上げた。
「開けた道が見えてきたぞ。あれは街道か?」
大きな声で報告した道周は、眼前に見える通りを指さした。指し示す先には、確かに整備された道が敷設されている。
うららかな陽光の下で、大小さまざまな石が敷き詰められている。
ようやく荒れた獣道を突破し、荷車を押していた2人が感嘆の声と同時に座り込んだ。
「たぁー! 並みの鍛錬より厳しいぞ」
「こういう力仕事は得意じゃないんだけどなー!」
文句を垂れて、しばし休憩をとる。
さすがのソフィも、休息をとる2人を責めることはしない。それが優しさからか、それとも休ませた方が効率的だと判断したからかは、誰にも分からない。
2人に続き道周とマリーも脚を止め、しばし辺りの風景を見渡した。
開かれた街道の傍らには、道周たちが抜けてきた森が広がる。そして、もう傍らの道には新緑に身を結ぶ畑が、視界一杯に広がっている。
広大な畑に、農家らしき人影は存在しない。しかし、泥棒などしてみれば、一体どこから追っ手が出てくるか分からない不気味さがあった。
そして街道に沿うように視線を動かすと、先ほどまで近くにあったテテ河のせせらぎが聞こえる。そうやって続く道の先を見据えると、確かに集落のようなものがあった。
遠くに見える、街とも村とも見て取れる集落を指さし、ウービーが間の抜けた声を上げた。
「あれが、オレたちの目指していた街だ。とりあえず、あそこに行って狩った獣を売ろう」
「そうだな。荷物を整理して宿を確保しよう。午後からは、今後の進路を決めないとな」
「ですね」
次の目的地を見据え、全員が息を合わせる。すると、ソフィが休憩中の2人に鞭を打つ。
「ぐへぇ。もう出発かよ」
「リュージーンも文句言ってないで、行けるでしょ」
マリーに促され、リュージーンが重たい腰を上げる。
ウービーも続いて腰を持ち上げ、荷車押しの重労働を続行する。
全員の規律を確認し、盛り上げ隊長マリー・ホーキンスが出発の音頭を取った。
「それじゃあ、獣帝のところを目指して。
とりあえずは目の前の街を目指して、しゅっぱーつ!」
おー!
そう続くはずだった。
少なくとも、ソフィは拳を固めて突き上げる体勢に入っていた。
しかし、その手が天を衝く前に動きが止まる。天を見上げたソフィは、柄にもない素っ頓狂な声を上げた。
「あれ……? 天気が……」
ソフィの発言に、一同は思わず聞き返した。しかしソフィの返答を待たずして、全員が言葉の意味を理解する。
一同は間抜けに天を仰ぎ、目を丸くする。
「空が……」
「曇っている……?」
先ほどまで快晴の空であったのに、何の予感も感じさせずに曇天に変わる。視界一杯の暗雲が敷き詰められ、遠雷の轟音が耳を突き刺した。同時に風が吹き始め、乾いた砂を巻き上げる。
不審な天変地異を目の当たりにして、ウービーはただ1人だけ現象を理解した。総毛立った身体で身震いをして、顔を真っ青にする。
「ま、まさか……、親方!?」
『おう、おうおうおうおう! そうだとも子ウサギ、ウービー! おれを呼ぶのは、一体誰だ!?』
「なんだ!? 声!?」
雷鳴に紛れて聞こえる声は、腹の底で轟く重低音を奏でる。堪らずリュージーンが聞き返すが、問い掛けに対する返答の言葉はない。
言葉の代わりと言わんばかりに、天頂で目が覚めるような轟雷が大地を穿った。
「うわあぁぁ!」
「きゃああ!」
眼前に落ちた雷の衝撃と、鼓膜を突き破らんとする爆音に悲鳴が上がる。
そして落雷のあった街道には火炎が立ち昇り、その奥で人影らしきものが動いた。特徴的な頭上の双角を気だるげに揺らし、悠然とした所作で背筋を凛と伸ばす。
2メートルを超える巨躯は、高身長に相応しいほどの肩幅と胸板の厚さを兼ね備えていた。分厚い上体は纏ったシャツを破らんとするほどに筋肉質であり、腕も脚も、男を構成する全てが大樹のように重厚で、巨岩の如き存在感を放っている。
「いやー、久しぶりだなウービー。そっちの4人は、おれの客人でいいんだな?」
「お、親方……。どうしてここに……?」
「親方」と呼ばれた大男が、見上げる場所にある角を振り上げた。男は燃え盛る炎の中に身を置きながらも、炎熱に表情を変えることなく豪快な笑顔を浮かべた。
呆気にとられる道周たち4人を見下ろし、2メートルを優に超える巨体から切れ味のいい眼光を放つ。
「たはは! おれの名はバルバボッサだ! お見知りおきを、ってやつだ客人!?」
豪快な笑顔に、鐘声のような大声で双角を震わせる。
この常軌を逸した巨躯の獣人こそ、道周たちが探していた「獣帝」その人である。




