獣の洗礼 1
あらすじ
グランツアイクの森に踏み入れた道周たちに、大自然の洗礼が立ち塞がる。そこに生きる猛獣たちと、生死を掛けた戦いが始まる。
「そちらに2頭が向かいました。ギュウシを死守してください!」
「了解した。ソフィは特に旨そうな個体を狩ってくれ」
「任されました」
「わ、私は何をしたらいいかな!?」
「マリーは群れを牽制してくれ。一斉に向かって来られたら、さすがに守り切れない」
「分かったよ!」
「おい、リュージーンも働け!」
「俺は殿だ。背中は任せろ」
「つまり何もしてないじゃないですか!」
怒号にも似た連携が飛び交う。
テテ河の河原で、大河の流れを背後に置いた一行は、荷車を囲むように展開していた。次々と襲い掛かるモルグを一頭ずつ追い返し、撃退のための方策を練る。と同時に、今日の晩御飯の肉を確保するべく奮闘していた。
戦闘のギュウシを守るために、道周は魔剣を振るっていた。神秘を絶つ魔剣とて、獣相手ではただの剣だ。しかしその煌きは衰えることなく、鋭いモルグの爪牙を跳ね返す。
荷車の前では、マリーが立ち塞がっている。ステッキに施されたブルーサファイアを輝かせ、光球の魔法でモルグをまとめて迎撃していた。遠距離から飛んでくる魔法に、獣たちは攻めあぐねていた。
道周とマリーが作り出した拮抗状態の中、ソフィは身軽な体躯を駆ってモルグを仕留める。森林地帯に馴染みのあるハーフエルフの少女は、しなやかな健脚で地の不利を感じさせない猛攻をしていた。
ソフィの短剣がモルグの四つ脚を切り裂き、「食材」と認識されたモルグの喉を断絶する。反撃に出るモルグも数頭いたが、ソフィの操る火の魔法に恐れをなしてとんぼ返りをしていた。
肝心のリュージーンは、勇猛に剣を抜いたものの前線に出ていない。テテ河に背を向け、荷車の中から自称「警護」をしながら野次を飛ばしているだけだ。
「つっかえ、ほんとリュージーンつっかえ」
「今は放っておけマリー。奴は後で河に沈めてやる!」
ブーブーとリュージーンに文句を垂れ流しながら、道周とマリーはモルグに応戦する。
「本日の晩御飯、確保しました! 明日の分までたっぷりですけど、どうしますか?」
道周たちの守りの結果、狩りをしていたソフィがサインを出した。これ以上の殺生は「狩り」の領分を逸脱すると言い、次の指示を仰ぐ。
ソフィの言葉を受けて、マリーがすぐに反応を示した。
「よし! じゃあ一息に追い返すよ!」
鼻を鳴らし、息を荒くしてステッキを掲げた。マリーの頭上で一際強い青光りをして、ステッキは特大の弾丸を生成した。
――――撃ち込む!
とマリーが息巻いたとき、そこには絶好の隙が生じた。
モルグたちがその好機を逃すはずがない。無防備になったマリーに目掛け、数頭が樹上と地表から同時に飛び出した。
言葉による意思疎通があるわけではない。しかし、野生の直感が突貫の機を同じくした。
ステッキを振るうよりも早く、モルグの牙が向けられる。マリーは双眸で凶牙を見据え、成す術なく危機に晒される。
「やばっ!?」
「させるか!」
危機一髪、マリーの窮地に道周が割り込んだ。魔剣の二振りで跳躍する全てのモルグを撃墜し、同時に放った前蹴りが駆けるモルグの鼻先をへし折った。
「ガッ!?」
「キュウ……」
道周の妨害を受け、モルグたちは尻尾を巻いて後ずさりをする。
「大丈夫かマリー?」
「うん。ありがとうミッチー」
道周はマリーの無事を確認し胸を撫で下ろす。しかし安堵も束の間、後方のリュージーンが檄を飛ばした。
「ギュウシが狙われた!」
「じゃあお前が出張れよ!」
リュージーンの横柄な指示に突っ込みを入れるころには、道周はすでに動き出していた。右へ左へ駆け回る道周は、リュージーンが出るより自分が走った方が早く確実だと判断したのだ。
「ガァァッ!」
道周の目の前では、勢いよく獲物を狙うモルグが唸りを上げている。その動きは迅速で、道周がその場を離れるときを待っていたかのように手際が良かった。
(くそ、間に合うか?)
道周の脳裏に不安が過る。しかし「間に合わない」では済まされない。ここでギュウシに怪我を負わされれば、今後の荷車をけん引することに人手と体力を割かれることになる。
それはこの大自然の中に置いて、大きな的を晒していることに等しい。
「間に合え――――!」
道周は手を伸ばす。その一歩は大きく早く、魔剣の射程を大きく伸ばす攻めの姿勢であった。
しかし、獣の頭数を相手にしたとき、個の実力だけでは大きなハンデを背負っているのだ。
間に合わない。
道周の脳内で、「諦め」の2文字が頭を持ち上げた。
「獣の洗礼 2」に続く




