夜王の試練 1
あらすじ
道周はアドバンに持ち掛けられた稽古を受けることとなった。道周はアドバンの実力を改めて感じながらも、己に突き付けられた「弱さ」と向き合うこととなる。
「――――では、行くぞ!」
黒翼を広げたアドバンが地面を蹴った。灰塵を巻き上げながら、直線的な軌道で道周に突っ込む。
相対する道周は魔剣を正面に構え、真っ直ぐに迫るアドバンの突貫を受け止めた。
「くっ……!」
しかし、正面から受け止めるにはアドバンの攻撃は重たかった。道周は2歩下がり歯を食い縛るが、それでも防ぐには至らない。
「こうなったら」
できれば跳ね返すまでしてやりたかったが、道周は受け止めることを渋々諦めた。上半身を捩じり体幹をずらして、突撃の勢いごとアドバンを後方に受け流す。
全身の体重を乗せて押し込んでいたアドバンは、堪らず後ろへ吹っ飛んで入った。
しかしアドバンはされるがままに勢いを暴走させることなく、黒翼を羽撃かせて旋回した。強風を巻き起こしながらの方向転換と同時に、地面を蹴り出して追撃を加える。
「喰らうか!」
道周は全身を捩じって反転し、夜王が放った二度目の突貫を、マタドールのように上手く身を翻して回避する。
威力の全てをいなされたアドバンは、攻撃を透かされる。勢いそのままに疾走するアドバンは、あわや不夜城の壁に激突するかと思われた。
だがアドバンが城壁に突っ込むことはなく、巧みな飛行技術で反転する。
勢いを殺すことのない反転の後、やはりアドバンは直線的な突貫を仕掛けた。
「もう一度だ!」
いなしに手応えを覚えた道周は、再三の特攻に対して正面に立ちはだかる。魔剣を正中線に合わせて、重心が左右に振れるように両脚に均等に体重を配分した。
「その程度かっ」
「なにっ!?」
三度目の突撃を、道周はやはり後方に受け流す。攻撃の動線から身体をずらし、完璧に回避したはずであったが、アドバンが伸ばした腕が道周の身体を絡め取った。
鋭利な爪のと巨掌が道周の腹部を掴み、地面に突き刺した脚を軸にして回転する。
アドバンの怪力と突貫による速力、回転による推進力を掛け合わせた勢いで、道周の視界が出鱈目に振り回される。
アドバンは持ち上げた道周を振りかざし、そのまま地面に叩き付けた。ガレキ造りの床は人体で抉られ、骨が軋む音が道周の脳内に木霊する。
「がっ――――!」
背中から落とされた道周は、激しい衝撃に声にならない苦悶を上げた。
血の混ざった体液を吐き出し視界が暗転するが、道周は意地で正気を取り戻す。そして咄嗟に身体を返し、地面を蹴ってその場を離脱する。
次の瞬間、道周がいた場所がアドバンによって踏み砕かれる。稽古として加減をしているものの、道周に直撃していれば病院に返される一撃だった。
アドバンは逃れた道周に視線を送りながら、冷めた声を投げ掛ける。
「手を抜いたことをするなよ。これは貴様の戦い方を改める訓練だ。今までの「生き残る戦い方」では意味がなかろう」
「それもそうだな……。アドバンも本気なことだし、容赦はしない」
恨めしそうな眼差しでアドバンを睨み、道周はぶっきらぼうに口元を拭った。その眼光は鋭く、先の戦いで見せた殺意の籠った眼差しである。
道周は立ち上がり、魔剣を八相の構えに持ち直す。そして重心を落とし、半身でアドバンの存在を捉える。
「行くぞ――――!」
道周は短く言葉を切って飛び出した。覚悟を持った言葉と同時に、道周は荒廃した不夜城の床を踏み抜いた。道周の発破は、最上級に近い脚力を誇っていた。
大地を砕き石を蹴り上げ、その初速は並みのスプリンターを凌駕している。
「いいぞ。貴様の戦いをオレに見せてみろ」
アドバンは道周の攻勢に喜色を示した。
紅の眼が飛び込んでくる道周を捉え、防御のために身体をしならせた。
「来いっ!」
アドバンは道周を迎撃すべく正拳を繰り出した。弓のような身体のしなりと埒外の膂力を駆使して放たれた拳打は、一撃で城砦を砕きうる破壊力を秘めている。
だがアドバンのカウンターは道周に届くことはなく、空振りした結果、廃れた不夜城の残骸を大きく揺らした。
アドバンの正拳を潜った道周は、大きな一歩を踏み出した懐に潜り込む。構えた魔剣を振り上げ、アドバンの胴を切り裂く。
「くっ……、まだまだっ」
魔剣の一閃を身に受けたアドバンは呻き声を上げた。鋭い切れ味に身体を痛めながら、堪らずによろめく。だがすぐに体勢を戻し、組んだ両手の鉄槌を道周の頭に振り下ろす。
「っ!」
道周はアドバンの反撃を意に介することなく、全ての体重を掛けて魔剣の柄頭をアドバンに押し付けた。
道周の抵抗を受け、アドバンの鉄槌は再び空を切る。
「そこだ!」
道周は今を好機と一気呵成に攻め立てた。
魔剣を横に薙ぎ払いアドバンのバランスを崩し、鋭利な剣先で身体の中央を押し込む。アドバンと言えど、この攻撃には体勢を崩した。下がった脚で思わず踏ん張りを効かせると、重心が必要以上に下がってしまう。今の姿勢からは、いくら夜王の権能を用いても後手に回ってしまう。
(しまった。これを狙っていたのか、猪口才なっ!)
アドバンは内心で舌打ちをして毒吐くが、今は守りが最優先だ。腕で防御の構えを取り。健脚で回避の動きに移る。
だが、道周の攻勢は迅速であった。
「おらぁぁぁ!」
道周は魔剣を大きく振りかざし、アドバンを頭上から切り裂く。
屈強なアドバンの肢体と言えど、この剣戟は耐えられない。避けられないのなら、と止むを得ずの防御として、両腕を頭上に持ち上げ、腰を落として守りに入る。
だが、それこそが道周が狙った最悪手である。
「――――なんてな」
道周が余裕な表情で笑みを浮かべた。
「夜王の試練 2」へ続く




