泥に塗れてでも
あらすじ
マリーたちは戦場を道周に託し、屈辱の敗走の中にいた。打開できない沈鬱な雰囲気の中、セーネは今一度自分の覚悟を問い質す。
豪華絢爛とした近代的なエルドレイクの街並みは見る影もない。業火に焼かれ暴力に砕かれた都市は、たった数時間の内に荒廃しきっていた。
荒涼とした都市の街道を駆けるソフィは後ろも振り返らずに走る脚を止めない。その手は嫌々と駆けるマリーが掴まれている。
後ろに続くリュージーンは昏倒したセーネを背負いながら息を切らしている。
「私がセーネを代わりましょうか?」
「ぜぇ、ぜぇ……。できればもっと早く申し出てほしかったが……、ぜひ代わってくれ!」
リュージーンは背中のセーネをシャーロットに潔く託す。
リュージーンの背中からシャーロットの大きな背中へ移された。シャーロットの腕へセーネの身体が渡った時、昏倒したセーネが僅かに震えた。
全員がセーネの挙動に、全員が注目した。
「――――う、うん……。ここは……?」
目を覚ましたセーネが周囲を見回す。シャーロットの腕の中で半身を起こし、取り残された状況に目を擦る。
「ここはエルドレイクの中です。仕方なく一時退却をしています」
「退却……、そうか……。
……そうだ、ミチチカは? 彼は無事なのか……!?」
そう言ってセーネは勢いよく身体を起こした。言葉と同時に首を捻り辺りを見回すが、道周の姿はどこにもない。この状況が何を意味するのか、セーネはすぐに理解した。
セーネの表情に気が付いたマリーが、眉をひそめて語り掛ける。
「ミッチーは1人残って「百鬼夜行」立ち向かって行った……。私たちはミッチーのおかげでここにいるの……」
マリーは暗い表情で俯いた。尾を引くマリーの心持はセーネにも、もちろんソフィも察して余りあるものだ。
そして道周のおけげで、ここまで安全に逃れることができたということも理解している。
だからこそ、道周の「逃げろ」という言葉に従ったソフィは、マリーを無為に励ますことはできない。道周を残して戦いから降りたセーネも同様、彼の意志をむげにはできない。
「よーし、白夜王も目覚めたことだ。行くぞ」
などと空気も読まずに撤退を促すのはリュージーンだ。リュージーンは情などに流されず、ただ冷静な判断を下す。
冷血なリュージーンの言葉に、マリーはあからさまに怒りの顔をした。元々マリーのリュージーンに対する心証はよくない。それに加えてのリュージーンの言動はマリーにとって目に余るものがあった。
睨み合うマリーとリュージーンの間には、一触即発の空気が漂っていた。
ソフィとセーネ、そしてシャーロットの3人が中を取り持とうと息を飲んだ。そのとき、こともあろうかリュージーンがマリーに異を唱える。
「何か勘違いしてねえか?」
「……?」
「どういうことだい、リュージーン?」
「回答によっては私が斬りますよ」
意味を持たせた言動をしたリュージーンに、疑問符を浮かべる4人に問い詰める。シャーロットの怪訝な顔にセーネの気迫、そして有無を言わさぬソフィの短剣が早急な回答を求めている。
予想外の圧迫にリュージーンは青ざめながらも、さも当たり前かのように回答を言い放つ。
「よくよく考えてみろよ。俺たちは依然夜王の「結界」の中にいるのに、当の夜王は追撃の一つもしてこない。つまり、ミチチカが夜王を相手にしているってことだ。
今ミチチカを失うのは、後々にとっても大きな痛手になる。白夜王も目覚めことだし、逆襲に出るなら今しかねえだろ」
4人がハッとした。
リュージーンの言っていることは、確かに的を得ている。
リベリオンの最大戦力であるセーネが戦いに参加すれば、崩壊寸前の夜王軍に対して優位になる。
よくよく考えれば当然の帰結であることを、どうして見落としていたのだろうか。
「……」
しかし、セーネはリュージーンの案に即答ができなかった。影を落とした瞳で、口を真一文字に結んで沈黙した。
マリーがセーネの異変に一早く気が付いた。セーネの背に手を添え、不安そうな面持ちで覗き込む。
「どうしたのセーネ?」
「……マリー、君は僕に言ってくれたね。『僕の理想は、きっと誰かが引き継いでいてくれている』と」
「え……、うん。そうだよ!」
急に話を振られたマリーは戸惑ったが、力強く肯定した。マリーの言った言葉に嘘はなく、その信念は今でも変わりない。
セーネはマリーの真心を理解している。その上で、かつての自分の挫折を想起していた。
僕は、もう一度戦えるのだろうか――――?




