散華 2
「散華 1」の続き
「何だよこの数は……!? ソフィの報告よりも圧倒的に多いじゃないか。外の陽動も合わせても300超もいるじゃないか!?」
周囲を見回した道周は当惑を露わにして引き下がる。逃げ場はどこにもないのに、じりじりと追い詰められる実感が心を蝕む。
腹を抑えて這いつくばるセーネは周囲の狂戦士の顔を見回し戦慄していた。わなわなと震える身体に鞭を打ち、激痛を忘れて叫びを上げて怒号を上げる。
「兵士のほとんどどころか、市民を吸血したな義兄!! 貴方は……、貴方と言う人は住民を駒としか見ていないのか! 人々の自由意思を奪ってまで、支配に縋り付くのかっ!?」
「……やれ」
烈火の如きセーネの叫び声も夜王には届かない。
返された反応は無慈悲な突撃命令のみであった。
「WOooo!!」
「GYieee!」
「Aaarrryyy!」
命令を受けた「百鬼夜行」が大地を揺らした。乱れる足並みで前進する狂戦士たちの群れが、一気呵成に腕を振り上げる。
「やるしかないか!」
腹を括った道周は魔剣を狂戦士に突き立てる。正面衝突では筋力で劣る道周だが、足らぬ力量は技と経験で覆す。「百鬼夜行」の腱を切り裂き脚を殺し、眼球を抉って視力を奪う。屈強な巨体の戦士を魔剣の一振りで薙ぎ倒し次々と無力化するも、「百鬼夜行」の頭数には敵わない。
怒り心頭のセーネは地を叩いて立ち上がる。吹き出る血涙など気にも留めず、スピアを天へ掲げて夜王を見据える。
「義兄……、いや、夜王アドバン! 貴方はここで殺さなければならない!」
怒髪冠を衝く様相でセーネは権能を発動した。構えをとった体勢から予備動作の一つも見せずに空間を飛び越える。瞬きよりも速く、最早速度という概念を捨てた跳躍で夜王の背後を取った。
「アドバンッ!!」
「甘いわ愚妹風情が!!」
突き出されたセーネのスピアに夜王は外套を放つ。風に靡いていただけの漆黒の外套はスピアを受け止めるのみならず、風に逆らって大きく広がった。
「あれは……、翼か……!?」
セーネと夜王の一騎打ちを見守っていた道周は驚嘆の声を漏らす。
それもそのはず、夜王が今まで纏っていた黒い外套は身の丈数倍にも展開する翼であったのだ。他の吸血鬼とは比べ物にならない広大な翼膜が2人を覆い、夜王の圧倒的な存在感を形容していた。
「弁えよ愚妹めがっ」
翼を広げた夜王が怒鳴り声を轟かせた。怒号とともに翼が繰り出され、セーネの打突を薙ぎ払った。
セーネは宙を回転しながらも着地し、再度跳躍して夜王に立ち向かった。
「させるか!」
夜王へ向かっていたスピアの切っ先はケイオスが立ち塞がって阻んで見せた。
ほとんど刃の欠けた鉄剣でスピアを受け止めると、ロウソクの炎のように剣の全てが吹き飛ばされた。
形もなく崩壊した剣を薙ぎ払い、セーネは空いた片手でケイオスの胸倉を掴む。
「どくんだケイオス! 僕はその男を討たなければならない!」
「させるのもか!」
深手を刻まれたケイオスは、同じく重症のセーネの腕を掴み返した。揉みくちゃになった2人は転がり回り、不夜城の外壁を砕いて城内に転がり込む。
ケイオスの抵抗を見下ろしていた夜王は己も追撃に向かうべく腕を鳴らした。屈強とは程遠い細腕には尋常ならざる覇気を纏い、風格を漂わせる黒翼で疾風を呼ぶ。
「っさせるか!」
「くぅっ」
そのとき、「百鬼夜行」の波を掻き分けた道周が夜王に襲い掛かる。
「百鬼夜行」を一転突破して来た道周に不意を突かれた夜王は、両腕を交差させて魔剣の切れ味を防ぐ。
しかし道周の特攻は一打に終わらず、夜王の全貌を目の当たりにしながらも果敢に懐へ潜り込んだ。
「はぁっ!」
道周はまた一歩踏み出し、引いた剣を天へ昇らせる。夜王の顎先を掠めながらも空を切った剣は空中で反転し、夜王の胴へ切り付けられた。
「くそぅっ」
回避は間に合わないと悟った夜王は、上腕を突き出して魔剣を向かい打つ。だが道周の魔剣は宙で軌道を変え、夜王の腕へと放たれた。
夜王の防御の間を掻い潜り、刃は肘関節を真っ直ぐに切り裂く。
「貴様、これを狙っていたか!?」
「最初からだよ。身体能力をどれだけ強化しようと、間接は全ての生物の急所だ。強化しようがあるまい」
「このっ……」
一転、攻勢に回った道周は夜王の懐で魔剣を振り回す。上下左右の立体的な攻撃は見切るには速く、確実に夜王の体力を削る。
「これでも喰らえ!」
「がっ……!」
そして道周の渾身の一撃が夜王の胴を切り伏せた。首筋から袈裟に切られた剣筋から、遅れて夜王の鮮血が飛び散る。
鋭利な一薙ぎを受けた夜王は苦悶に顔を歪ませながらも、広げた翼を駆使して空へ逃げる。恨み面を道周へ向け、群れる「百鬼夜行」を怒声を飛ばした。
「蹴散らせ! 骨も残すな!」
「「「GYAaaa!」」」
夜王の命令に忠実に従う「百鬼夜行」は、咆哮を重ねて大地を蹴り出す。
不細工ながらにも一端の隊列を組む「百鬼夜行」を目の前に、さすがの道周も分の悪さを直感する。
「卑怯だぞ夜王! 降りてこい!」
「オレは自らのアドバンテージを易々捨てるほど愚かではないわ。「あらゆる手段で」」
「「貴様らを倒す」ってか。聞き飽きたわ、くそ!」
道周に問答をしている猶予はない。空を飛べぬ道周に夜王を非難する資格はない。飛べぬということは、「飛べぬ者が悪い」のだ。
この場で空中戦を仕掛けるのなら、やはりセーネの力が必要である。
道周は目前の「百鬼夜行」たちから尻尾を巻いて転回すると、不夜城城内目掛けて一目散に走り出した。
(深手を負ったセーネに夜王が倒せるか? いや、倒さなきゃいけない。せめて俺がケイオスを殺してでも……)
朦朧とする不夜城の明かりを頼りに、道周はセーネの後を追う。赤い絨毯の上に点々と続く血痕を辿り、ある一室の前に辿り着いた。
道周は後ろを振り返り、追ってくる「百鬼夜行」たちとの距離を測る。
猶予はない。
「セーネ!」
道周は一室の扉を蹴破って名を叫ぶ。
「なっ……!?」
道周が目にしたセーネは堰を切った紅涙に表情を濡らし、膝を追って伏せていた。傍らには地に伏したケイオスの胸部に大きな血溜まり、道周はそれだけで何があったかを推測できた。
道周に気が付いたセーネは真っ赤に染めた顔を上げ、涙ながらに声を振り絞った。
「ミチチカ……、僕は、もう……」
戦えない――――。




