月に雲がかかる
あらすじ
不意の疾風にセーネを攫われ、道周たちの攻勢は瓦解を始める。しかし道周は夜王を相手に食い下がり、魔剣の煌きは鋭く放たれる。
徐々に地力の差が明暗を分かつ中、勝負の雲行きは怪しさを増していく。
「セーネ!!」
打ち破られた外壁のその向こう、夜の天蓋の影に消えた仲間に向かって、道周は叫びを上げる。しかし返答はなく、また道周にも切迫した状況がにじり寄っている。
「他人の心配をしている余裕はないぞ!」
「ぐっ……」
攻勢に転じた夜王が飛び込みながら正拳を繰り出した。
道周は咄嗟に魔剣で防御をしたが、芯を捉えた一撃はそのまま振り抜かれた。
夜王の細腕は尋常ならざる膂力を発揮して、道周を容易く吹き飛ばした。
地面に転がった道周は受け身を取って勢いを殺す。膝で立ちながら、背中をなぞる冷風に震え上がる。
(あっぶねー)
道周の背後は謎の破壊によって砕かれ外壁が欠けていた。勢いに乗せられもう少し転がっていれば、夜空の直中に放り出されていた。いくら道周が魔剣を駆使しようと強くなっていようと、空だけは飛ぶことができない。
分かり切っていたことではあるが、不夜城で戦う限り分は夜王にある。守勢に回れば圧倒的に不利なのは道周の方である。
「ここは攻めあるのみだ!」
夜空に攫われたセーネが気掛かりながらも、道周は目の前の夜王に意識を集中させる。
砂塵を舞い散らして地面を蹴り出した道周は魔剣を振るう。果敢な攻勢で攻め立てるが、夜王とて簡単に形成を渡すはずがない。
道周が放つ閃光のような剣戟を、夜王は紙一重で回避する。
外套を掠めながらも致命打を与えられないもどかしさに、道周はさらなる加速を見せた。魔剣の閃きはより速く、手数を増やしながら夜王の体幹を崩した。
「もらった!」
「ふんっ」
返しの剣は夜王の胴へ打ち込まれるが、夜王は頑強な上腕で受け止める。腕と剣の激突は鉄塊同士のような爆音を轟かせた。
もちろん夜王の腕に傷はなく、魔剣の刃を完全に防いでいた。
「相変わらず意味分からないな!」
「貴様に理解できるようなものではないからな……、ふんっ!」
「う゛ぅっ……!」
夜王のカウンターが道周を打ち抜いた。
道周も咄嗟に軸をずらして威力を分散させるが、殺しきれなかった衝撃で後方に吹き飛んだ。
勢いのまま吹き飛ぶ余裕もなく、道周は宙で反転した。両脚で壁に垂直に着地すると、屈伸させた膝を伸ばしてロケットのようにとんぼ返りする。魔剣の切っ先を直上に構え、跳躍の勢いで夜王へ迫る。
「させるものかっ」
夜王は漆黒の外套から続く影を身振りで操った。夜王の支配下で蠢く影は、今度は天井に届くまでの障壁へと変化した。
すでに跳んだ道周に返し手はなく、容赦なく聳え立つ影の障壁に突っ込んだ。
「お……らぁぁぁ!」
一切の迷いを見せない道周の特攻は、神秘で練り上げられた鉄壁を容易く穿った。広々と展開された影の障壁に開いた風穴から、直進する魔剣の切っ先が顔を覗かせる。
夜王が展開した影の障壁は防御にあらず、道周の視界を一時的に遮るための一手であった。
「だろうな、分かっておったわ!」
道周の視界から身を隠した夜王は、道周の直線的な特効を直上から迎え撃つ。天井に張り付いた夜王は道周に飛び掛かり、脚力と自重の乗算で威力を高める。
夜王の奇襲は道周を強烈に踏み抜いた。
無防備な腹部に重鈍な一撃を受け、道周は床を砕いて下層に落下する。
散らした石材の上に寝転んだ道周は噛み切った口内に顔を歪めながら、四肢の感覚を確かめる。
腕は――――、動く。魔剣も握れる。
脚は――――、立てる。まだ走れる。
(寝てる場合じゃないな!)
道周は気合を入れ直し、奮起して瓦礫を蹴散らした。瞬発的な力走の後、先ほどまで道周がいた場所で爆発が巻き起こる。
巻き起こった粉塵の中では人影が立ち上がり、部屋の燭台の炎がシルエットを鮮明に写した。
「存外頑丈だな。今の一撃で砕けるかと思ったぞ」
砂塵の中で悠々と弁ずる夜王は悠然と道周を見下ろす。
「上から語るんじゃない。お前だって切迫しているじゃないか」
「ふん。オレは言ったはずだぞ、「あらゆる手段で貴様らを倒す」と」
「それがセーネを襲った伏兵の言い訳か? 孤高の夜王が聞いて呆れる」
道周の挑発的な物言いにも、夜王はその態度を崩さない。凛と背筋を伸ばしたまま、ケラケラと哄笑を上げた。
道周は夜王の笑い声に青筋を立て、思わず聞き返す。
「何がおかしい?」
夜王は鮮血のように赤い瞳を残虐に歪ませ、鋭利な犬歯を剥き出して雄弁に語る。
「彼の伏兵はただの伏兵ではない。あれは愚妹を殺す、謂わば「最終兵器」のようなものよ」
「なに……?」
不穏な夜王の発言に、道周は眉をひそめる。夜王の口にした言葉に謂れのない不安を感じ、道周は勝負を急く。
魔剣を構え直し、傷付いた身体で夜王に立ち向かった。




