月は昇り火蓋は落とされる
あらすじ
震える手は臆病の証、覚悟は出来ているはずだ。怖くないと言えば嘘になる。しかし失う方がより恐ろしいのだ。
どれだけ言葉を重ねようとも動かぬ現状はあり、突き動かされる心はそこにある。
エルドレイクの都市は相変わらず黒の天蓋に覆われていた。夜王”アドバン・ドラキュリア”が敷いた「常夜の結界」は内側のに届くはずの肺葉を謝絶し、星と月が天頂に瞬く永遠の夜空へと変貌させる。
結界の内側は夜王の世界、万物有象無象の出入りすらも掌握し、都市一つを丸ごと「庭」として征服している。
外から一見するだけではただの天蓋も、その内側は全くの別世界である。
この「常夜の結界」こそが夜王の権能であり、吸血鬼としての能力との相乗効果により難攻不落の牙城である。
その結界を目前に控え、雪原の影に身を潜めるリベリオンの兵士は総勢800名。それを3つの分隊に分け配置、1分隊300名弱の革命軍が突撃の合図を待ち侘びていた。
「お待たせしました。居館より、白夜王率いる5名到着しました」
ライムンの率いる分隊に、シャーロットが割って入る。続いてセーネ・ソフィ、マリー・道周の順でライムンと合流を果たす。
後ろからそぞろ歩きで隊列を割いた異世界人2人に、周囲から奇異の眼差しが突き刺さる。
マリーも道周も周囲を見回し、物々しい雰囲気に固唾を飲んだ。
分隊を占める顔を見回すと、獣の太陽に凶暴な歯牙を持つ獣人種に、緑の肌と尖った鼻を鳴らすゴブリン族など、異種族博覧会のようだった。
「お待ちしていました。部隊全員、いつでも白夜王の号令で突撃できます」
「遠隔の分隊との連携は?」
「この部隊が先行して突入した後、発煙筒の号令で他部隊の突入可能です」
「よし、なら全体構えさせるんだ。すぐに突入する」
セーネとラムレイが「いかにも」な会話を交わす。独特な雰囲気に飲まれ、ステッキを握るマリーの手は小刻みに震えている。
「マリー、これが「戦い」だ。逃げるなら今だぞ」
「ううん、私も行くよミッチー。皆が傷ついているのに、私だけ逃げて、帰りを待つだけなんて嫌」
道周の問いかけにマリーは気丈に切り返した。マリーの発した言葉は力強く、いつの間にか手の震えはなくなっていた。
「……」
道周はマリーにかける言葉を探し逡巡する。本音で言えば、マリーには本拠地の居館で待っていてほしかった。転生する前のマリーの生活では、深夜に叩き起こされることも、雪原を踏み抜いて進行することはなかっただろう。
それでよかったのに、マリーは全く関係のない世界の話なのに、この戦いにマリーは無関係だったはずなのに……。
そんな後悔が、今でも道周の中で尾を引いている。
「では――――」
道周の逡巡の最中、セーネが号令の声が遠巻きに聞こえた。
「全軍、出撃だっ!!」
道周がマリーにかける言葉も待たずに、出撃の号令が上がった。
号令と同時に分隊から雄叫びが上がる。空気を揺らして大地を震わせる怒声が耳を突き刺す。
喉まで出ていた道周の言葉は封じられる。走り出した革命は止まらない。
道周はセーネと肩を並べていの一番に走り出す。
マリーはソフィたちとともに、先行する道周の背中を追い掛ける。




