異世界転生は浪漫か地獄か
あらすじ
道周が語る過去の「異世界転生」、それは誰にも明かしたことのない真実のストーリー。
真なる「異世界」が突き付ける光と闇に触れ、それでも異世界転生は素晴らしいか----?
小堂道周が初めて異世界転生したきっかけは、不運なバスの転落事故だった。
当時15歳、中学3年生の卒業旅行で乗ったバスが山道を滑落した。死者32名とされた不運な事故の中で、「小堂道周」という生徒のみ、遺体が発見できなかった。しばらく続いた捜索隊による懸命な捜索も打ち切られ、残された家族の足掻きとも取れる叫びは次第に止んだ。
遺体のないまま墓標が立てられ、「死亡」として扱われた少年が「異世界転生」しているだなんて誰が想像しただろう。
ましてや異世界の危機を救い生還するなんて……。おっと、これはまた別の話――――。
「そして転生した世界は、全くの異世界だったよ。言葉も文字も文化も歴史も違う世界だったよ」
道周は異世界転生の物語を1から語り始めた。セーネは口を挟むでもなく静聴する。
「転生地は町が近い森のど真ん中、季節は冬のど真ん中、そして俺一人。最悪のスタートだったよ。
そして近隣の町に辿り着いて、もっと絶望したよ」
道周が最初に流れ着いた町は、一言で言うと寂れていた。
閑古鳥が鳴く商店街に錆びついた窓格子と、今にも崩れ落ちそうな建物の数々……。路傍には投げ捨てられた残飯とそれに集るネズミと人がいた。
若き日の道周が抱いた所感は「こうはなりたくない」であった。しかし異邦人の道周に頼る当てもない。
『すいません、この町の宿はどこにありますか』
『#:@$}’¥>+』
これが最初の会話だった。
言葉が通じない、その事実が道周に突き付けた事実は「死」より重い現実であった。
「あれはさすがに応えたな……」
道周はニハハと参ったように語り笑う。
見慣れない道周の様態にセーネは言いようのない淀みを覚えた。しかし口を挟むのは無粋であろう。セーネはただ寡黙に話の行方を見守った。
「転生して3日、すでに路頭に迷っていたよ。
食べ物もなく温かい毛布も寝床もない。冷風を凌ぐ壁も天井もなく、安らぐときは一瞬たりともなかった。
気づけば俺も、ネズミと一緒にゴミを漁って生きながらえていたよ」
残飯では腹は満たされず、常に空腹が道周を苛む。満足でない食事は心身を蝕み安寧や熟睡は得られず、それが心労を加速させる。
ゴミ捨て場で拾った襤褸切れを何重にも羽織り冬を耐え忍ぶ。襤褸切れから漂う腐臭が鼻孔を突きストレスが加速する。何日も何日もゴミの臭いを身に纏った道周は、ゴミの臭いに塗れてゴミと同化していた。
自分はゴミなのか。不要なものなのであろうか。
徒な思考は道周を負の方向へ誘う。ネガティブ思考の螺旋は現状を忘却することはできても、苦悶を加速させるだけであった。
「ジノに手を差し伸べられその生活が終わるまで、日を数えるのは止めたよ。誰の助けもないゴミ溜めの生活に終わりは見えず、「ここで死ぬのか」なんてらしくないことまで頭をよぎった。あそこで自分の下を噛み切る胆力があれば、楽だったのかもしれないな」
「それは駄目だっ!」
不謹慎な道周のジョークを、セーネが一喝した。今まで静かに耳を傾けていただけあって、セーネの爆発したような反駁はいささか意外であった。
セーネは自らの言動を反省し、羞恥で頬を赤らめながら言葉を続けた。
「冗談でも自分の命を蔑ろにしてはいけない。僕はそれを許さないよ」
「ごめん、こんなに厳しく怒られるとは思ってなかったよ。反省する」
「いいんだ、僕も直情的になりすぎた。
それより、僕にはどうしてそんな話をするのか聞いていいかな?」
セーネは素朴な疑問をぶつける。ソフィはマリーには輝かしい冒険譚を語っていただけあって、セーネも少なからず沸き立つような冒険譚が聞けるものだと期待していた。
道周が実際に語った異世界転生の闇とも言える逸話は、正直言って聞くに堪えない辛辣さであり、期待していた物語とは相対にある。
道周はセーネの疑問を受け取り、考え込むように顎に手を当てた。黙々と思考し、伝えたいことと語るべき事項の順序を立てて口を開く。
「セーネは夜王にイクシラを追われただろう。だから共感する箇所があると思ったんだ」
選び抜かれた回答を受け、セーネは表情を暗くした。セーネ憐憫を帯びた声で、申し訳なさそうに俯く。
「僕の敗走は仲間あってのものでね。ライムンや他の魔族たちが何から何まで手引きしてくれたから、道周が語ったような不自由はなかったよ。
今の話は、正直僕には聞くに堪えないものだった」
「そうか……」
「すまない」と言うセーネの謝罪を、道周は快く受け入れた。
「だったら、なおさらセーネには伝えておくべきだろうな」
何かを決意したように道周はおもむろに椅子から立った。
道周のいきなりの挙動に、セーネを小首を傾げて見守るしかできない。
道周は履いている左脚の長靴を外し、保温のために何重にも重ねた獣毛の靴下を脱いだ。血色のいい素足を露わにした道周は、見せつけるように椅子の上に足を置いた。
道周に「見てみ」と促され、セーネは身を乗り出してその左足を覗き込み、絶句する。
「そ、こ、これは……」
セーネが目の当たりにした道周の左足には、小指から中指にかけて大きな虚無があった。本来の人間ならが大地を捕まえ、歩みを進めるための指が欠損している。欠けた指は人為的に切断された痕跡が伺え、「切り落とした」という事実を早急に理解する。
セーネの目の色の変化を見て、道周は申し訳なさそうに顔を伏せる。しばらく出した素足に再び靴下を履かせ、椅子に着いてセーネと正対した。
「この指は自分で切り落とした。さっき語った異世界転生の始め、俺の左足の小指から中指は早々に凍傷し、壊死した。靴に穴が開いていたようだ。そこからの判断は、我ながら冴えていたと思うよ」
混じり気のない真摯な告白を受け、セーネは道周と向き合った。今度は叱責などではなく、対等な相手として道周の吐露を享受する。
「このことにはセーネにも、もちろんマリーにも言ってない。初めてセーネに明かしたことだ」
道周が告げる言葉の重みを噛み締めると、セーネの心が締め付けられ言葉もない。
「どうしてセーネに告げたのか、理由は簡単だ。
これから起こす革命、もしも万が一に有り得ないと思うけど失敗したときの敗走には、大きなリスクがあるということを伝えたかった。
もちろん俺は負けるつもりで挑みはしない。マリーにそんな地獄を経験させたくない」
「……分かっている。僕もやるからには本気だ。勝つつもりで戦う」
道周の熱に当てられ、セーネも熱心に言葉と決意を示した。
「セーネは義兄の夜王を殺せるか?」
「もちろん、僕はリベリオンのリーダー、セーネ・ドラキュリアだから」
セーネの回答に道周は大きく頷いた。道周は満足しような表情でグラスの水を一息に飲み干した。
「よし、なら俺もできうる限りの策略を企てようじゃないか。セーネの隠している権能を使わせない程度には働くさ」
「っ!? い、一体何のコトカナ……」
予想外の角度から図星を突かれたセーネは取り繕って明後日の方向を見る。しかし余りにも下手な弁明は「是」と言っているのと変わりない。
崩れたセーネのポーカーフェイスを好機と勘付き、道周はお得意の推理を披露する。
「夜王の眼前から俺たちを助けたのは、恐らくセーネの権能「星の運行」の一端だろう。
わざわざ「星の運行」なんて有耶無耶な名前なんだ。「異世界召喚術」だけじゃないだろうとは思うから……、差し詰め「空間転移」とかじゃないか?」
道周の叙説を受けたセーネは目に見えて同様していた。額から伝う冷汗は頬から滴り落ちる。
どう誤魔化そうかと思考を練ったセーネだが、観念して両手を上げた。
「参った、降参だ。
ミチチカの言う通り僕の権能「星の運行」は「空間転移・物質転移」だ。生物は僕だけ、物質なら常識的な大きさで空間を跨いで転送することができる」
「どうして秘密にしていたんだよ。疑ってしまうだろ」
「許してくれ、今回の作戦では奇襲が通用しない以上早急に伝える内容じゃないと判断したんだ。それに、余り口外しすぎると対策されかねないからね」
「……」
セーネの弁明を受けてなお道周は憮然とする。不機嫌そうにムスッとしたが、仕方ないと踏ん切りをつけて破顔した。
「まぁ、正直に言ってくれたしよかったよ。いざとなったら、躊躇わず使ってくれよ?」
「もちろんだとも。手抜きも躊躇もしない」
道周の許しが出て、セーネは安堵したように息を吐いた。
窓の外の月明かりもまざまざと煌いている。夜泣きの烏合たちも耽る夜に眠りに着き、静寂な雪原は神秘的な様相を醸し出す。
「そろそろ寝ようか、邪魔したね」
「構わないよ。俺もセーネと一対一で話せてよかった。また起こしに来るよ、おやすみ」
「おやすみ」
グラスと椅子を片付けたセーネは丁寧に腰を折って一礼する。音が鳴らないように静かに扉が閉められ、2人いた部屋は静まり返る。
「さて、そろそろ俺も寝るか……」
一息吐いた道周に、ドッと睡魔が襲い掛かる。立ち眩むような眠気に従い、道周は真っ直ぐベッドに向か
「あ……」
ベッドの上に、丸テーブルの上から移動させた書籍の山が崩落して燦燦たる様子だった。
「異世界転生は履歴書のどこに書きますか」を書き始めた動機は、この話に詰まっているような気がします。全部は書けてませんが、「異世界転生モノ」に対する私なりのストーリーですので楽しんでってください!




