残罪の抜錨 2
第38話「残罪の抜錨 1」の続き
「--------ネ。……セーネ。セーネ!」
「っ!?
……済まない。僕としたことが、少し物思いに耽っていたようだ」
マリーに肩を揺さぶられて、やっとセーネが反応を返した。セーネは咄嗟に作り笑いで誤魔化すが、眉をひそめたマリーが顔を覗き込む。
「私はセーネに何があったか分からないけど、大丈夫! セーネの理想はきっと伝わっているよ! 誰かがその理想を継いでくれてるから、大丈夫!」
「あっ……ありがとう」
マリーの力強い言葉にセーネの表情が綻ぶ。
マリーはつくづく天真爛漫ではあるが、人を惹き付け励ますカリスマ性を秘めている。
(なるほど、これは励まされる)
太陽のようなマリーの温かみに触れ、セーネは強張った表情を崩した。
しかし手厳しい感想がリュージーンから溢れた。
「俺からしたらクソどうでもいい話だったな。反発するやつらは、言いがかりでまとめて飛ばせばいんだぉわ!」
「リュージーンは黙ってろぉい!」
空気を読めない蜥蜴に道周が鉄拳をお見舞いする。脳天に拳骨を振り降ろされ、リュージーンは恨めしげな目で睨み返す。
「んだよミチチカ! 俺は正直な感想を言ったまでだ。
白夜王の言った綺麗事なんて俺から言わせたら「王ならやって当然のこと」なんだよ。鳥肌立ったわ!」
「うるせぇ! 蜥蜴のクセに鳥肌立ててるんじゃない!」
「関係ねぇだろ! 鳥肌も鮫肌も立つわ!」
道周とリュージーンの言い合いに火が着いた。熱を増す2人は椅子を蹴倒し、胸ぐらを掴んで額を突き合わせながら頭突きをかます。
言い合いから喧嘩、喧嘩から殴り合いにまで発展した2人を見て、セーネが強く長机を叩いた。
バンッ! 陶器のカップが激しく音を立てて揺れる。
一同の視線がセーネに集中した。
--------やりすぎたか?
道周とリュージーンの背筋に冷や汗が走る。
「ふ……、は……、ははは! いいぞミチチカ! 生意気なリザードマンくらい素手で下したまえ! 私は君にベットするぞ!」
気前いい高笑いが広間に響き渡った。セーネは机を叩いて、下品にかつ楽しそうに囃し立てる。
落ち着いた印象の強かったセーネの異様な振る舞いに、喧嘩する2人も思わず手を止めた。
マリーもシャーロットでさえも奇異な眼差しを送ったが、「人の一面」など些細な問題であると気が付く。
心の底から馬鹿笑いをしたセーネに、誰も彼もが乗せられる。
道周もリュージーンも、互いを掴んだ手に力を込める。
「よしきた! セーネ、お前が賭けた男の力、見せてやる!」
「ふんっ! 白夜王ともあろう者が落ちたな。このリュージーン様が人間ごときに遅れをとるものか!」
火に油を注がれ、男たちの喧嘩は躊躇のブレーキを外した。
組み合った2人は拳を使わず、終始頭突きで力比べをする。加熱する2人は額からの流血など気にも止めず、飽きもせずに頭突きの繰り返し。
馬鹿である。
「そんなに頭ごっちんこすると馬鹿になるよー」
マリーが野次を飛ばす。
しかし、マリーの言葉には語弊があった。
この2人、すでに馬鹿である。
「いいぞ、やれやれー!」
「まだ躊躇いがございますね。不肖シャーロット、思い切った方が勝つと進言いたします」
「違うぞシャーロット。ここはミチチカに勝ってもらわねば、ベットした僕が困る。ミチチカには僕の顔を立てるために、死んでも勝ってもらうよ」
沈鬱な空気が支配していた広間はどこかへ消えてた。
道周とリュージーンが沈んだセーネを元気付けるために意図的に始めたのか、その真意は誰にも分からない。
ただ、ここには純粋に馬鹿になる者たちだけが集う秘密の祭りのよう。他意のない純朴で透明な笑顔がそこにはあった。
道周とリュージーンの喧嘩はその後も続く。どちらも粘る一進一退の頭突き合いは、事情を知らぬソフィの帰還で終結することとなる。
「ソフィ・ハンナ、ただいま帰りまし……って、何やってるんですかー!?」
誰もがソフィの叫声に注意を引かれたとき、道周が見事な背負い投げで一本を取って決着したとさ。
めでたしめでたし……?




