さらにその先へ
2人を襲ったミノタウロスの襲撃も、「暴走トラックによる事故」として書き換えられ、世界は何事もなかったかのように回転を続ける。
異世界での冒険を経た少年少女たちは、異能を使わぬ普通の生活の中で必死にもがき生きていた。
目も回るような忙しさの中で、気が付くと異世界転生から半年以上が経過していた。
暴風の夜から季節はすぎ、澄み切った都会の空気と肌寒い風が厳しい季節に移ろう。
「いやー、私も遂に来年から受験生だよ。進路どうしようか……」
「フリーターの俺に進路相談はどうかね。もっと他に人がいるだろう」
「仕事の合間の雑談だよ。
そういうミッチーこそ、この前受けたっていう試験はどうだったの?」
「ん? あぁあれか。
ま、一応合格はしていたけどな」
「え、嘘。消防士の試験ってものすごい倍率なんじゃ……」
「時間はたっぷりあったからな。フリーターの強みだね」
「凄いじゃん。お祝いしなきゃ」
「マリーの進路が決まってからな」
「ぐ……。忘れられそうだったのに……」
相変わらず仲睦まじい道周とマリーは、コンビニエンスストア「ヘブン&トゥエルブ」での勤務中に実りのない雑談を交わしていた。経営が心配になるくらいには客足はなく、店長の家も欠陥住宅なのではないかと疑いたくなるくらいには雨漏りしている。
この店の番を任された2人は抑揚のない眠たげな声で会話を交わすが、来客があればオクターブが引き上がる。
店舗の自動ドアが開き、貴重な来店を歓迎するように音声が店舗に流れる。
「っしゃせー」
「いらっしゃいませー」
間延びした2人の声が共鳴する。
来客は出迎えの声に驚いたように跳ね上がり、同時に自動ドアを物珍しそうに観察した。ぶつぶつと独り言を漏らす客が丈の長いコートを揺らした店に脚を踏み入れた。
「ひとりでに扉が開いた……。これは一体どういう仕組みなんだ?
ふむ……。見上げても上の見えない建造物の数々に、轟音を鳴らして疾走する種々多様な箱。色鮮やかな光を切り替えて放つ壁面に板。この世界はものすごいな……」
「って……」
「セーネ!?」
「あ、ミチチカとマリーだ。探したよ」
2人は目を疑った。今目の前に現れた少女は艶やかな黒髪を揺らし、紅玉のような双眸を爛々と輝かせる、紛れもない白夜王セーネ・ドラキュリア本人であった。
「どうしてここに?」
「言っただろう。「必ずまた会える」ってね」
「そうだね。まさか会いに来てくれるなんて」
道周の素朴な疑問に、セーネは茶目っ気を織り交ぜて答える。愛らしく人差し指を立ててウィンクをして、己の魅力を前面に押し出した愛嬌たっぷりの挨拶に本題を忘れそうになるが、
「って、誤魔化されないぞ。何か用事があるんだろ! そうじゃないなら、あの感動的な別れを返せ!」
「ぐ……。ミチチカは誤魔化せないか……」
観念したセーネは俯いて本心を曝け出す。その瞳は愛嬌から真面目な光に切り替わり、真剣な声音で本題を切り出した。
「実は、リュージーンが内政でやらかしちゃって、エヴァー内で分裂が起きてしまったんだよ。誰も聞く耳を持たない混沌とした状況になっちゃって、外部の第三者の手助けが欲しいと……」
「そして俺たちに白刃の矢が立った、と……」
「正解!」
「いや「正解」じゃなくて! リュージーンは一体何をやらかしたの!?」
混沌とした状況に、さすがのマリーも突っ込まざるを得なかった。セーネは叩き付けられるド正論に耳を塞ぎ、2人の手を取った。
「大丈夫。今回は帰り道も保証済みだ。少しばかりの旅行だと思って、力を貸して欲しい」
セーネは有無を言わせず2人を引っ張った。セーネの純粋な膂力に抗えるわけがなく、されるがままに店外は引き摺り出された。
「あー、これだから異世界転生はってやつは、異世界召喚ってやつは!」
「私たち何度目? 三度目? ちょっと一般人の平均超えすぎじゃない!?」
「でも大丈夫。2人の知らない世界じゃないから。きっと上手く飛べるから!」
「ちょっと不安になるんだけど!?」
「うーわーーー!」
少年少女の異世界は終わらない。
異世界転生が、異世界召喚が一度きりなんで誰が言った?
彼、彼女らの度重なる冒険は、異世界転生の経験は履歴書のどこに書けばいいのだろう――――。




