斬る
「オレも忘れてもらっちゃ困るな! オレだって、お前を倒した仇敵なんだからな!」
『忘れる? 抜かせ聖剣使い。我の眼は貴様を決して逃さん!』
「本体の頭が斬られても、やはり倒れないよな……」
空から攻める道周の一方で、地を疾走するジノが雄々しく声を上げた。完全な意識外からの奇襲かと思えたが、背から伸びる双頭に睨まれている。魔王のしぶとさに苦笑しながらも、ジノの脚は止まることはない。
魔王の本体を補佐するように視界を広げる双頭はジノを見下ろし、二組の双眸と六本の節足で迎撃に出張る。
威光を放つ聖剣の刃も、魔王にとっては魔剣同様に数少ない脅威である。それを諸に受けるなどは論外であり、その使い手の殺害は急務であった。
『グガァッ!』
「ふっ!」
ジノは降りかかる魔王の打撃を身軽に回避する。地に脚着いたジノの疾走は小気味よく、魔王の節足の隙間を縫って淀みない奇跡を描いた。
ジノは回避のみならず、降りかかる魔王の六肢に剣戟を放つ。聖剣が纏う威光の刃は、魔王の六脚全てを輪切りにした。
『まだだ。我は止まらぬ!』
『行け。我が眷属よ!』
魔王は脚を切り落とされたとしても怯まない。もはや痛覚など忘却し、滾り迸る血脈と「創造」の異能を発揮する。
『WuOOO!』
『GaRuuu』
『Buuurrr!』
『GYAryyy!』
『VoOOO!』
『BuuuWuuuN!』
切り落とされた魔王の脚が意思を持って雄叫びを上げた。魔王の身から離れ落ちた肢体が、狼頭の獣に変貌する。魔王を想起させるような紫の体毛に包まれた獣は、鋭利な牙を剥き出しにして逞しい四肢で大地を蹴る。
六頭の獣は魔王の命に忠実に狩りを行う。獣たちはジノを標的として捉え、疾風の如き速力で牙爪を振り上げる。
「お前はそのまま進め。この獣畜生どもはおれらが留める」
「魔王は妾たちでは殺せぬ敵」
「任せるのは業腹だガ、敢えて言ウ。「頼んダ」と……!」
駆け回る獣たちに、業火と雷霆、紅蓮の拳骨が降りかかった。3人の領主が権能を奮い立たせ、ジノの背を負う獣を潰した。
『GaRuuuwww……』
獣たちは簡単には潰されない。領主の権能を受けても倒れない頑丈さは、魔王と血肉を別つ眷属の証左である。容易く倒れぬ頑強さはミノタウロスにも匹敵し、領主が相手取ってようやく数の差を埋められる。
「こいつら、強いぞ……」
「よりにもよって、妾たちの仕事が邪魔する獣とは。傷付いてしまうな」
「ダガ、速攻で片を付けル。そしてオレらが魔王ヲぶっ殺ス」
昂るアドバンの言葉が異音に染まる。混ざり合ったドラゴンの純血が濃くなっている証拠であり、アドバンに残された時間がないことを示す。
「時間がないのはどこも同じか……。
だからこそ、出し惜しみなく叩き斬る!」
背中を託したジノは、一層強く息巻いて聖剣を掲げた。魔王の巨体に迫ったジノは躊躇なく剣閃を放った。
跳ねるように駆けるジノはありったけの助走を付ける。加速と体幹を捩じった回転の加わった一閃が、魔王の蛇尾を切り裂いた。
『まだ、我が策は尽きておらんぞ!』
『貴様が斬った脚がどうなるか。分からぬわけではあるまい!』
魔王は切り落とされた脚を持ち上げる。輪切りにされた切断面は不気味に蠢き、その先から刃が創出された。魔王の「創造」の異能は枯れることはない。
だが今さら刃を増やし迎撃したところで、ジノと聖剣は止まらない。
「っらあああ!」
ジノは降りかかる六太刀を切り裂いた。滑らかな剣閃の煌きは障害物を切り裂いた。残る壁はなく、阻むものは悉く切り伏せるまでだ。
『この……、oooOOO!』
『させるものかぁぁぁ!』
鼻息を荒らげるのは、魔王の背から伸びる狼の双頭であった。意志を持った双頭は本体が切り伏せられようと止まらない。それぞれの意志と意地で、迫るジノに牙を剥いた。
「その程度の速度・強度で、止まらない!」
ジノは双頭の鎌首を切り裂いた。輪切りにした首は力なく落下し、息の根を止めた。
「このまま、叩き斬る!」
魔王の鎌首とてジノは止まらない。聖剣は止められない。障害物のない道を進むジノは、魔王の胴を断割した。
『――――!!』
切断された魔王が言葉を失くす。声を失くす。音を失くす。魔剣と聖剣の一斉攻撃で魔王は切り裂かれ、命は尽きた。
かのように思われた。
「獣はまだ動いている!」
「「「っ!?」」」
一同の視線が魔王に向いた。
視線を受けた魔王の亡骸は駆動し、切り裂かれた面が口角を吊り上げた。
『終局だ、聖剣使いに魔剣使い。そして、この世界ともども――――』
魔王の内側に渦巻く、超重力の核が栓を切った。
「――――いいえ、あなたが終わりよ。命じゃない、その存在の……!」
迸る一閃は魔王を存在ごと断ち切った。膨張するエネルギーと強固な魔王の肉体は切り裂かれ、空間に雨散霧散する。
『まだ、我は、終わらぬ――――』
魔王の視界は暗転し、漆黒が世界を包み込んだ。




