断ち
「この剣、神秘を断つ神秘。この我、矛盾を突き付け仇を成す者。魔王よ、ここでお前を滅ぼす剣だ!」
『来い魔剣使い。貴様の魔剣を打ち返す、この時を待ち望んでいた!』
魔王は跳躍する道周に威勢よく吼えた。魔王は刃と化けた双腕を振り上げ、「魔性開放」した魔剣ごと道周を迎え撃つ。
道周は常人離れした跳躍力を見せたとはいえ、翼を持たず地力で飛翔はできない。空中では無防備を晒すことは道周も承知しているが、もちろん無策というわけがない。
「さぁミチチカ。僕の力でよければいくらでも活用してくれ!」
晴天で純白の翼を広げるセーネが雄叫びを上げる。セーネは宙に両腕を掲げると、虚空から瓦礫の山を降らせた。かつて栄華を誇った魔王城の城郭の瓦礫がセーネの「空間跳躍」によって召喚され、道周が空を駆ける足場と代わる。
「ナイスだセーネ。そのまま、ありったけの足場を頼む!」
道周は天から降る瓦礫を足場にする。瓦礫に脚をかけて身軽に空を飛び回る。魔王の剣戟が瓦礫を砕くが、道周は身軽に駆け回り剣閃を浴びせる好機を狙う。
「喰らえぇぇぇ!」
瓦礫の間隙を跳ねる道周は魔王の頂上に至る。掲げた魔剣は狼の頭を脳天から切り裂くように、雄々しく振り下ろされる。
魔王とて容易く斬られることはしない。双腕の刃を持ち上げて、振り下ろされる魔剣に向けて交差させて剣閃を阻む壁とする。
「うおぉぉぉ!」
『ガァァァaAAA!』
道周と魔王の雄叫びが交差する。「魔性開放」を行った魔剣の刃は魔王の質量を圧倒し、阻む刃を破壊した。
だが、魔王は恐ろしいほどに冷静であった。魔王は己の剣と化した腕が、「魔性開放」した魔剣を止められるとは微塵も思っていなかった。仲間を信頼する道周とは対照的に、魔王は己の能力であろうと全てを疑って戦局を運ぶのだ。
『翼を持たぬ者が空を跳び、剣も振り切った。ならば、これはどう防ぐ!?』
念には念を。
魔王は本体の大口を開き、湛えた紫炎を一筋の熱線へと束ねて放射する。
「セーネ。サポートを頼む!」
「もうしている。一気に打ち込むよ!」
道周はセーネの方へ視線をやることはしない。セーネの考えを汲み取り、阿吽の呼吸で連携を図る。
「行くよミチチカ。君を飛ばす!」
「よし、全力で頼む!」
セーネは愛用の純銀のスピアを大きく振り被った。フルスイングした刀身に道周が脚をかけ、セーネの膂力と回転の勢いを以って人間ミサイルを放つ。
「てぇぇぇいっ!」
セーネのスピアから打ち出された道周が魔剣を上段に構え直した。打ち出された勢いをそのままに、宙を舞う瓦礫の足場を利用して不規則な軌道で駆け抜ける。魔王の熱線の軌道を回避し、狙いを定めさせないまま魔王に接近する。
遂に魔王に肉薄した道周は、一思いに魔剣を振り下ろした。彗星のような突貫から繰り出される剣閃に、魔王は最後の防御策を取らざるを得ない。
『グググ……、GAAAryyy――――!』
魔王は雄々しく吼え猛りながら牙を剥いた。魔剣の威力に抗えぬのならば、その使い手である道周を仕留めればよいのだ。
魔王は単純明快ながら、最も困難だと思われていた最後の策に出る。この策は道周が自ら接近するタイミングのみ取れるものであり、両者にとって危機と背中合わせの苦肉の策であった。
『このまま、貴様の肉体ごと噛み砕いてやろう――――!』
「先に斬る、それだけだ――――!」
今までで一番接近した道周と魔王の間に、他者が割り込む余地はない。他者どころか、互いの地力以外の能力が関与する余地もない。互いが持ちうる全てを出し切った果ての一騎打ちが交差し、晴天の空に鮮やかな血飛沫が舞い上がる。
魔王は魔剣の煌きに顔面を斬られながらも、怨嗟が掻き立てる底力を以って牙を突き立てる。大きな口で道周を取り込むと、声も上げる暇もなく牙を突き立て咀嚼する。
『GuuuMuuu……。GyaaaAAA――――』
「――――ぁぁぁあああ!」
魔王の頭が切り裂かれた。魔王の口の内側から魔剣を振り払った道周が飛び出す。
『この、小僧、ガaaa……――――』
口を切り裂かれた魔王の言葉は音に変わる。漏れ出る気圧はただの音に変わり、道周への恨みつらみを奮起して掻き立てる。
「口を閉ざせ。このまま、黙らせてやる!」
「魔性開放」の力が続く限り、道周の進撃は止まらない。魔王の顔を断ち切った道周は、その巨躯を足掛かりに胴へと刃を突き立てた。




