破戒と壊 2
己の最大火力を越えた大爆発に、スカー自身も不可思議な顔をする。
「白夜王……。一体何をした……?」
「僕が投げつけた瓶は、ただの空の瓶ではない。あの中には、イクシラで算出した天然ガスが詰め込まれてたんだ。それにスカーの炎を引火させ、魔王にお見舞いしてやったんだ」
「おイ愚妹ィィィ……。貴様、領域の資源を無駄に使いおっテ」
「言いがかりだ義兄。これは領域の皆の合意の上だよ」
「――――って、兄妹喧嘩している場合じゃないぞ!」
言い争いをするドラキュリア兄妹は、道周が飛ばす檄に振り向いた。視線を魔王に向けると、爆煙の最中から飛び出る魔王の頭があった。狼の頭を突き出す魔王は、顎が外れんばかりに大口を開ける。
『ガァァァ――――!』
雄叫びを上げた魔王の大口から紫炎の熱線が迸る。湧き出る熱量が一本の線に集約され、凝縮された熱エネルギーは異質な威圧感を纏う。
「おらぁぁぁ!」
咄嗟に飛び出た道周が魔剣を掲げる。道周は身を呈してセーネたちを狙う熱線に立ち向かった。強く奥歯を噛み締め、振りかざした魔剣で熱線を切り裂いた。
「うぅぅおおお――――」
魔王の神秘は切り裂けてもその威力を完全に殺すことはできない。道周は熱線の威力にたまらず引き下がりながらも、紫炎の熱線をV字に切り裂く。
「――――いーまーだー!」
前傾視線になって熱線を放つ魔王に向かってマリーが飛び掛かる。魔王の頭頂を取ったマリーは魔杖とユゥスティアを交わし、眩い光が魔王の「存在」を捉え切り裂く。どれだけ肉体が強固で再生し、新たな四肢を創造しようとも、「存在」を斬るユゥスティアを防ぐ手立てはない。
『待っていたぞ、貴様を捉える瞬間を!』
ならば、魔王はユゥスティアではなくマリーを狙う。マリーの奇襲を見越した魔王は、背から伸びる巨掌でマリーを鷲掴みにする。
「ぅぅぅぅぅ…………!」
マリーを掴んだ魔王は巨掌に込める力を強める。抵抗するマリーに手こずるが、圧倒的な握力で握り潰さんと鼻息を荒らげたとき、迸る一閃が巨腕を裂く。ジノが奮った聖剣が魔王の巨腕を手首から切り落とし、掴まれていたマリーを救出した。
圧倒的な握力を発揮した巨掌も、切断されては肉塊に戻る。力なく指を解き開かれた掌は無力に地面に転がった。
「……あ、ありがとう…………」
「くれくらい問題ない。
ただ、息を吐いている暇はないぞ。奴め、まだ秘策がありそうだ」
息も絶え絶えのマリーが礼を述べ、ジノは手短に受け取った。ジノの言葉はマリーに向けられるものの、刃と視線は始終魔王に注がれていた。
一方で巨腕を切り落とされた魔王はうずくまる。まるで苦しむように呻き声を上げる魔王は、背から生える翼を蠢かせた。
『ぐぅぅぅ……。が、ぐらあああぁぁぁaaa――――!』
『GAaaa――――!』
『Gryyy――――!』
うずくまって呻く魔王の声が協奏する。不協和音は鼓膜を揺らす奇声となり、不気味な咆哮が重なった。魔王の背から伸びる翼の痕跡は鎌首と化け、巨腕がぶら下がっていた場所には狼の顔を持つ獣に変貌する。
新たに創造された二つの頭には、紅玉のように真っ赤に染まる双眸。剥き出しにされる牙は生き血を欲し、開かれた大口には紫炎の渦が湛えられていた。
「そんなことまでできるのか……!?」
「皆、防御の体勢に――――」
魔王の変化に反応し、咄嗟に指示を飛ばしたのはジノと道周であった。魔王との戦いを繰り返してきた2人だからこそ、魔王の思惑を見抜いていた。
『『『BUuuuWoooOOO!』』』
魔王の頭は全部で三つ。それぞれが紫炎を湛え轟咆を上げると、一息に息吹を放出した。一つの魔王の頭から放たれた紫炎の三倍の熱量が大地を覆った。一切の生物を焼き払う熱量に、構えた道周たちの全員が飲み込まれる。
木々を、大地を、水面を焼却する紫炎に声が絶たれる。
『Guuuruuu――――』
紫炎の海を吐き出した魔王は絶えず呻き声を上げる。
己の身体を創造し続ける魔王の内側では、超新星爆発を起こそうとしていた――――。




