繋がる世界
常夜の結界が解除され、晴れ空が顔を覗かせる。皮肉にも雲一つない晴天が、荒廃した戦場を燦然と照らし付ける。
3人の領主たちが地に落ち、魔王を倒しうる武器を構えるマリーも撃墜された。勇猛に空を駆け魔王に立ち向かっていた勇士の姿が途絶え、戦場に残ったのは道周とガウロン、そして途中からの参戦をしたセーネの3人になってしまった。
その上、魔王は再び超重力の球体の生成をしている。鬼化したドラグノートが命と引き換えに防いだ攻撃を、易々と放出する体勢に入っていた。同時に放たれた紫炎の雨と紫の波動が道周の退路を塞ぎ、完全な「詰み」の状勢が形成される。
道周が魔剣の神秘を開放し、その身を紫炎に晒してやっとブラックホールを相殺するに留まる。
誰が見ても絶望的な戦況を切り裂く声は、気丈にかつ大胆に天から舞い降りた。
赤髪の青年が手に持つ刃が絶望を切り裂く。聖なる光を湛えた一閃が魔王の両翼を断ち切った。光る剣閃の奇跡には一条の痕が残り、その一撃の鋭さを際立たせる。
あまりにも瞬間的で見事な一閃に、さすがの魔王も狼狽した。もう現れることのないと思っていた新手、さらには再生不能なダメージを負ったという事実が何よりも大きかった。
そんな精神的揺らぎから、叫ぶ魔王の声はどこか震えている。
『何者だ……!?』
「……? おいおい、二度と聞くことはないと思っていた声だが、聞き間違えるはずがないよな?
オレのことを忘れたか?」
『貴様は……!?』
「お前は……!」
赤髪を揺らして立ち上がる青年の姿を確認する。その正体を知った魔王と道周の声色は対照的なものであった。
『「聖剣使い!!」』
そして魔王と道周が声音を重ねて名を叫んだ。
聞き慣れない名を耳にしたガウロンは眉間にシワを寄せ、聞き覚えのある名前にセーネの表情が明るんだ。
「よし。作戦通り、上手くいった!」
「まさか、セーネの権能か!?」
「そう。僕の権能「星の運行」でこの世界と彼の世界の扉を繋いだ。
魔王がミチチカを召喚するときのように、「ミチチカ」と「魔王」という存在の縁を利用し、さらにかつて異世界転生の扉が繋がれた湖で、彼を召喚することに成功した!」
『我の縁に、「かつての異世界転生」だと……? まさか、この場は……!』
魔王はすぐにセーネの言葉の意味を理解した。数奇な運命が幾重にも折り重なった冒険は、やがて始めに戻る。
道周も魔王と同様にセーネの言い回しの意味を理解した。
「この湖は、俺とマリーが召還された……!」
そう。魔王の暴力によって飛沫を上げ、水位の半分ほどまで巻き上げられてはいるが見間違いではない。この湖こそ、道周とマリーがフロンティア大陸に召喚されて初めに水没した湖である。
この湖畔でソフィと出会い、セーネの元に導かれ、冒険の目的を手に入れた。これまでの冒険の奇跡が、一人一人という点が線になり、この場所で結実し円となる。
「ここで……、終わらせる……!」
マリーが立ち上がった。身を奔る鈍痛も骨が軋む感触も、全てが嗚咽とともに流し出したい苦しみである。苦痛を実感しながらも、マリーはこの世界の未来のために、託された多くのものを繋ぐために立ち上がる。
そんな来訪者の意地を、大陸の守護者たちが傍観しているだけなど有り得ない。
「この世界の問題だ……。おれたちが出張らないでどうする……!」
「妾たちを忘れてもらっては困る!」
「ここで倒れてしまえバ、ドラグノートが浮かばれぬだろう……ッ!」
膝を折り倒れた領主たちが立ち上がる。領域の歴史と人々の安寧を司る強者の前に、一介の戦士である彼らは、単に負けず嫌いでもあるのだ。
「義兄、太陽光の元に姿を晒して平気なのかい!?」
「要らぬ心配ダ……。どうやらドラグノートの僅かながら血が混ざったおかげで、吸血鬼としての弱点も薄くなっている。このデカブツを片付ける間ならば、容易いことダ……!」
言い放ったアドバンの顔のほとんどが、紅蓮の色に包まれていた。アドバンはドラグノートの血が「僅かながら混ざっている」と言ったが、その実、身体のほぼ全ての器官に浸透するほどには混ざっている。強固な身体と強靭な膂力の代償は計り知れないが、アドバンは決して倒れない。
『まさか、魔剣使いのみならず聖剣使いまで出てくるとは……。これは、これは……!』
戦慄した魔王が雄叫びを上げた。大地を震撼させるほどの感慨は恐怖や憤怒ではなく、歓喜に近いものであった。
『我が積年の恨み、怨嗟の復讐が2人まとめて果たせるとは何という僥倖か!』
歓喜の声を上げた魔王が天を仰いだ。「復讐」という目的のためにフロンティア大陸を乱した魔王の願いが、道周とジノという宿敵をまとめて滅ぼすという願いが成就する。もはや魔王の視界には道周とジノしか映っておらず、他の勢力など眼中になかった。
「事情はお嬢さんから聞いたぞ。オレたちのやり残しだ。片を付ける」
「もちろんだ。俺たち魔女同盟の脚を引っ張るなよ」
「相変わらず言ってくれるな。敵を地面に落としたのはオレだからな」
「じゃあ、留めは俺が刺そう」
道周とジノは2年振りの共闘に興奮を隠せない。ガウロンの背から降りてジノに並ぶ道周は、白銀の魔剣を魔王に向ける。隣のジノも道周に背を預け、聖剣の輝きを魔王に向ける。
「ミッチー。私たちも忘れてもらっちゃ困るよ」
「僕たちを頼ってもいいんだよ」
「ミチチカが思っている以上に役に立てますよ、私たち」
マリーとセーネ、ソフィが横並びに立った。魔杖とユゥスティア、銀槍と短剣と各々の愛用の武具を掲げる。
「「さぁ、最終決戦だ――――!」」
宣戦布告と同時に、道周とジノが戦線を切り開かんと突貫を仕掛けた。




