闇を祓う魂の輝き
魔王が放つ漆黒の球は光すら飲み込む。星が爆発するときに発生する超重力を体現する球は、人智を遥かに超えている。
その漆黒は「ブラックホール」と呼ばれ、宇宙規模で考えても圧倒的な存在である。
ブラックホールを凝縮した漆黒の球は、何者にも迎撃不可能である。ブラックホールはありとあらゆる攻撃を吸い込み凝縮する。光速ですら逃れられない超重力の塊は、近付くことすら能わぬ存在である。
そんな超重力の砲弾が、魔王の手によって放たれる。その大きさたるや優に人間を覆い被さるほどであり、直径で2メートルを超している。弾速も目を凝らさなければ見逃すほどであり、身体能力が劣るマリーは見失ってしまう。
領主たちは初めて見るブラックホールに戸惑い、その正体を看破できずにいた。異様な存在であることは察知していても、超重力の塊に手を出しあぐねる。この攻撃は「防御」か「回避」か。慎重に見極める時間すら惜しいことに気付けず、戦況は一層不利に傾いていく。
「くそ……。迷っている暇はないか……!」
道周は歯ぎしりをした。魔女同盟の中で、唯一魔王の攻撃を見極めているのは道周のみである。魔王との戦闘経験もさることながら、ブラックホールの知識を有することが大きい。ブラックホールという天体知識とその恐ろしさを知る道周は、同時に迎撃手段を有している。
「皆、離れろ! 魔性開放――――!」
道周は戸惑う仲間を差し置いて前進した。躊躇なく魔剣を振り上げ、その神秘を遺憾なく発揮する。魔剣の柄に据えられた碧玉が眩い光を放ち、白銀の刃に光の粒子が漂う。
誰よりも魔王の力を知る道周が檄を飛ばした。その異質な声にバルバボッサたちは緊迫し、言われるがままに後退する。
道周は悔しさを噛み締めながらも、半分解き放った魔剣の枷に手をかける。残る枷を開放し、ブラックホールの迎撃を試みる。
放つ魔性開放は碧玉を代償にする。そして碧玉を失えば魔剣の「神秘を絶つ神秘」の異能は失われる。そのリスクを背負ってでも、この一撃を受けるわけにはいかなかった。
ブラックホールを放った魔王はこの展開を見越していたのだろう。魔剣の神秘に身を絶たれるなら、その神秘を封じてしまえばいい。都合のいいことに、魔剣の神秘の束縛を放つ手段がブラックホールの放出であった。
道周が魔性開放をすれば今後の魔王の有利が約束され、魔性開放をしなければ魔女同盟が全滅する。そちらに転んでも、魔王にとって有利に働く。
道周とて魔王の狙いを見越しているが、背に腹は変えられない。業腹を承知で、ブラックホールに立ち向かう。
「待て少年nnn……。貴様の剣ga、我らにha必要ダaaa……」
「っ!? 何をしているドラグノート!?」
しかし、ドラグノートのみが道周の指示に抗う。漆黒のオーラを纏う紅蓮の巨躯が、道周とブラックホールの間に割って入る。
ドラグノートは血走って虚ろになる瞳でブラックホールを見据えている。ブラックホールという超重力の存在を看破したわけではなく、むしろ本能が危険であると警告を鳴らしている。だが、ドラグノートは血脈滾る身体で盾となる。
「何をしているドラグノート。その攻撃は、受ければドラグノートでも耐えられないぞ……!」
「構わn……。貴様の剣が、その異能が我らno希望であruuuu。それを失うのならバ、この老体が盾と成っテ見せようuuu」
「しかし……、堪えられるとは限らないが……」
「堪えてみせヨウ。穢れた血ではあるガ、ドラゴnの長の誇りを見せてくれru……」
そう言ったドラグノートは両腕を大きく広げた龍翼を壁のように広げ、背負う道周たちを覆い隠すように立ち塞がる。その紅蓮の体躯に黒雷を纏う。鬼化したドラグノートが纏う「神成」は、超重力の球を受け止めて拮抗する。
『愚かなり龍の者よ。貴様の遺骸すら残らさぬ。そして仲間の屍する残らぬわ。無駄死にと思え!』
昂った魔王が雄叫びを上げた。身を呈するドラグノートを誹り嘲り、勝ち誇ったような哄笑を上げた。
「がぁぁァァァaaa――――!」
抵抗するドラグノートは雄叫びを上げる。紅蓮の甲殻で受け止めるブラックホールに顔を歪めながら、命を捧げて歯を食い縛る。全身に纏う黒い「神成」も、紅蓮の甲殻も超重力に飲み込まれる。
ドラグノートは胴に風穴が空こうと、血肉が無に帰そうと、ドラグノートは諦めない。その漆黒の球が果てるまで不屈の壁となり、決して倒れない。
「雄ぉぉォォォooOOO――――!!」
嘲笑する魔王に対して、ドラグノートは勇猛な雄叫びを上げる。決して倒れぬ強者はその命、存在が無に帰すまで雄々しい姿で魔王を睨んでいた。
「――――…………」
ドラグノートが超重力の飲み込まれた。果てた空間に消え入り、虚ろの空間にはドラグノート存在した痕跡すら残らない。身を呈して壁となり、盾となったドラグノートは、誇りとその身をかけてブラックホールを相殺した。
「ドラグ、ノート……」
ドラグノートが存在していた空間を呆然と見送りマリーが嘆いた。悲しみというよりも無力感に近しい感情は、一同の心に風穴を穿った。
それは魔剣の枷を解きかけていた道周とて例外ではない。道周の掌中には、碧玉が輝く魔剣が残っている。手に残る魔剣の重さが、今の道周にはひどく重いものに感じられた。
『案ずるでない。貴様らもすぐに後を追うのだ。無論、行先が同じとは限らんがな!』
勢いを得た魔王は、一気呵成に八肢を繰り出した。超重力のブラックホールを放った直後だというのに、魔王に疲労の色はみられない。再生する肉体に無尽蔵のスタミナ、魔王が魔王たる所以をまざまざと見せ付ける。
魔王が放つ打撃に立ち向かえる者は少なかった。ドラグノートの最期を看取った者たちの精神的な傷は深く、残された3人領主たちが迎撃に当たる。
ドラグノートの血を受け継いだアドバンが脚を殴り飛ばす。目も覚めるような拳打で二本の拙速を返し飛翔した。
バルバボッサとスカーが雷霆と業火を繰り出し、2人で三本の脚を押し返す。
だが、打ち漏らした三本が的確に道周とマリーへ迫っていた。
喪失感に襲われる2人は自らが狙われていると気が付くのに遅れた。辛うじてソフィとガウロン、ミチーナがサポートに回るが、魔王の打撃の速度に追い付かれる。
「がっ――――!」
「きゃぁ!」
道周とマリーが撃墜された。道周を乗せていたガウロンも大地に叩き付けられ、一瞬ではあるが意識が遠退く。
(まずい……!)
戦意を取り戻した道周だったが、見上げたときには遅かった。魔王の蛇尾が振り上げられ、夜天を切り裂くように振り下ろされる。
『まずは貴様からだ。呆気ない終わりだが、構わんだろう。我が復讐の悲願、ここに成就したり!』
魔王が勝利を宣言した。
最早道周に超重量級の一撃を防ぐ手立てはなく、頼れる仲間の救援も間に合わない。敗北を悟り死を覚悟した道周が瞳を閉じたとき、瞼の裏に浮かんだのは黒髪を揺らして微笑む白夜王の姿であった。
「油断したな魔王! まだ、僕がいる――――!」
勇敢で可憐な雄叫びと同時に、天から城が降ってきた。




