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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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龍鬼交わる 1

「がっ――――!」


 魔王に剣戟を返された道周はガウロンの背から振り落とされた。空転する視界の片隅ではアドバンとドラグノートが撃墜され、大地に落下し砂塵を舞い上げる。

 一世一代の好機だと踏み、魔王の懐に飛び込んだ顛末がこれである。口惜しさは甚だしく、その手はガウロンの手綱を探っていた。

 幸い、道周はガウロンの手綱をすぐに手繰り寄せてその背に復帰する。道周と同様に空転するガウロンであったが、気合いで体勢を立て直して魔王に向かい合う。

 だが魔王の攻勢は止まらない。筋肉を膨張させて攻撃を弾き返した後、振り上げた腕で目の前の道周に鉄槌を振り下ろす。


「間に合わぬか……!」


 瞬時に体勢を整えたガウロンであったが、魔王の連撃に対する構えは万全ではなかった。強大な八肢から繰り出される鉄槌とならば、それらを完全に回避することはただでさえ至難の業。それをこの場で発揮するには、些か分が悪すぎる。


「ミチチカ、歯を食い縛れ!」

「おい、まさか……」

「その「まさか」だ。受けるぞ!」


 覚悟を決めたガウロンは、真正面に魔王の巨腕を捉えた。背の道周の異論など気にも留めず、全身の筋肉を硬直させて受け身を取る。


『ふん!』


 魔王は一息で腕を振り下ろす。逃げも隠れもしないガウロンごと、空に浮かぶ道周を撃墜した。それはまるで蝿叩きの要領で、地面に真っ逆さまに落ちるように腕を振り抜く。

 しかし、魔王が実感した感触には幾ばくかの違和感があった。


「……たぁ! 急にそういうことは止めろよガウロン!」

「喧しい……。誰のおかげで五体満足していると思っている……」


 隕石のように落下し地面を抉った道周とガウロンだが、その生はまだ終わっていない。

 魔王の攻撃が直撃する直前で、ガウロンが自身の権能を発動させていたのだ。ガウロンの「大気を操る」権能によって、空中には幾重にも重なる空気の層が形成された。それらが巨腕を阻むクッションとなり、衝撃を緩和した。

 だが、ガウロンの権能を以ってしても全衝撃を逃すことは不可能であった。残存した衝撃に打たれ、ガウロンたちは落下したのである。


『鷲獅子の。それが貴様の権能か……』


 魔王は道周たちが生存していることに不快感を示しながら、ドスの効いた低い声を漏らす。魔王は僅かながらの悔しさを滲ませながらも、予断を許さない追撃を加える。


「乗れミチチカ! 地上に居続けるのは危険だぞ!」

「分かってる。

 ……さぁ、行ってくれ!」


 道周は飛び込むようにガウロンに騎乗する。ガウロンも道周が騎乗すると同時に大地を蹴り出し、勇猛な翼で羽撃いて空へ舞い上がる。紙一重のところで魔王の巨腕を掻い潜るが、その先に待つのは振り上げられた蛇尾だった。


『もう一度受けてみるか?』


 尾を振り上げた魔王は不敵な笑みを漏らす。この一振りは回避はおろか、受け止めることすら能わぬという絶対的な自信の表れであった。それもそのはず、この蛇尾には魔王の大陸級の質量が乗せられている。どれほどクッションで威力を分散させようと、大陸級の質量を堪えられる生物など存在しない。


「これは……!」


 受け切れぬ。


 ガウロンの苦悶の溜め息にありったけの禍根が籠る。空と大地の王の姿を有する鷲獅子にとって、これほどにない悔しさであった。


 せめて背のこの男だけでも。


 ガウロンが諦念の最中、思い浮かべたのは希望である道周と魔剣を残すことであった。


「ガウロン! 奥の手を使う。堪えろよ……」


 しかし、騎乗する道周は諦めていなかった。己だけでなく、使役するガウロンともども生き残る可能性を見出している。

 道周は魔剣を掲げて、その柄に嵌め込まれた碧玉に祈りを込める。ガウロンが初めて目にする輝きは余りにも眩しく、悠然と力を放っていた。

 道周は奥の手である「魔性開放」を躊躇いなく解放する。


「魔性開ほ――――」

「たわけ! 貴様がそれヲここで使ってどうすル!?」


 道周が魔剣の異能を開放しようとしたとき、アドバンの荒れ狂う叱咤が飛び込んだ。一度は大地に叩き付けられたアドバンは、再び立ち上がり魔王の巨大な蛇尾の前に立ち塞がる。


「おいアドバン! さすがにお前でも」

「はぁぁぁあ!」


 アドバンは道周の制止を振り切って鉄拳を繰り出す。漆黒の外套を振り乱し、全身を連動させて正拳を突き出す。

 誰しもが無謀と思えたアドバンの突撃だったが、結果は予想に反していた。


『ぐっ……!?』


 アドバンの鉄拳を喰らったアドバンが揺らいだ。超重量を誇る魔王が肉弾で揺れるなど、その長い生において初めての経験であった。


「あぁぁぁ……。ぐ、があああ……!」


 魔王を殴り返したアドバンの様子はどこかおかしい。湧き出る力に身を犯され、苦痛を込めた絶叫を上げて眼を剥き出す。

 飛来したアドバンの顔は、左半分が紅蓮に染まっていた。浮き出る血管が濁流のように波打ち、アドバンの肉体を激しく駆け回る。


『この……、小蝿めが!』


 巨体を揺らされた魔王が怒声を上げる。魔王の誇りに付けられた泥を払うように、八肢の全てを振り上げてアドバンを狙い撃つ。その視界には道周など入っておらず、終始抵抗を示すアドバンに幕を降ろさんと息巻いている。

 対するアドバンは息苦しさに呼吸を乱し、血走った眼で魔王を見上げる。魔王の攻撃に反抗する素振りは見せず、熱くなる身体に悲鳴に似た声を漏らす。


「雄ォォォoooOOO!」


 全力で八肢を振り下ろす魔王に向かってドラグノートが突撃を仕掛けた。野獣のようにけたたましい咆哮を上げ、紅蓮の巨体に黒い雷を纏っていた。

 黒雷を纏ったドラグノートの突撃により、再び魔王が揺らいだ。10尺を超える巨体に大陸級の重量を有する魔王が、二度も動かされた。


「ォォォ、アアaAAA……」


 ドラグノートもアドバンと同じように、呻き声に似た呼吸をする。紅蓮の肉体にドス黒いオーラを纏い、知性に満ちた瞳には野生の炎が灯っていた。

 紅蓮に侵食されるアドバンと、漆黒に包まれるドラグノート。

 彼らの異変と進化を見た道周は、彼らに何が起こったのかをすぐに理解した。道周もかつて見たことのある光景は、純血の吸血鬼であるアドバンが有する権能であった。


「まさか、アドバンがドラグノートを鬼化させたのか……?」

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