父と子
魔王との戦いへ向かうマリーとソフィ、ミチーナを見送ったリュージーンは、崩れ落ちた魔王城の山へ足を向けていた。
元々単身では全く役に立たないリュージーンが魔王城に乗り込んだのは、対ソフィの助っ人としての役目があったからだ。それを完遂した今、リュージーンがこの場所にいる理由はなくなったも同然である。
それでもこの魔王城跡地に留まる理由としては、リュージーンにも付けなければならないケジメがあるからである。
「君は彼女たちと一緒に向かわなくて大丈夫なのかい?」
1人で歩き出したリュージーンに向かってエルフが声をかけた。
リュージーンは脚を止めて振り返るが、エルフたちと行動を同じにすることはない。
「オレは戦闘向きじゃねぇんだ。魔王との決戦なんて、誰も気が付かないうちに潰されちまう。だから残っただけさ。
お前たちもケジメを付けたなら、エヴァーの人間の避難誘導でもしてやれ」
「そうか。どうやら君にも貫かなければならないものがあるようだ。健闘を祈るぞ」
「おう」
リュージーンは後ろ手に手を振ってエルフたちに別れを告げた。エルフはエヴァーの都市へ駆け足で発つ。リュージーンは逆行するように魔王城の瓦礫の山の前で立ち止まった。
リュージーンの目の前には、荘厳と佇んでいた魔王城が姿を一変させて山積していた。かつての己があれほどこだわっていた城郭は、一刻も経たないうちに価値のないゴミ山へと朽ち果てている。
魔王軍にて執政に佇んでいた己の過去の足跡は、すでに瓦礫に埋もれてしまっている。とうの昔に決別した過去に、一切の後悔はなかった。
胸がすくような思いの中、リュージーンはこの光景を見納めた。
「……て。誰か……、たす……て」
「っ!」
瓦礫の山に背を向けたリュージーンだが、微かに聞こえた声に脚が止まった。今にも消えそうな、虫の鳴くような声ではあるが、リュージーンは助けを求める声を確かに耳にした。
咄嗟に振り返って瓦礫の山を見渡したリュージーンは、声の発信源を一瞥で特定した。山積する瓦礫の中、一際盛り上がる箇所がある。そこは胎動するように蠢いて、何者かが下敷きになっていることが窺える。
リュージーンは瓦礫の山を踏み越えて昇る。心許ない足場にぐらつきながら、ようやくの思いで隆起した瓦礫の前に辿り着いた。その間も、助けを求める声は絶えず鳴り続けていた。
リュージーン1人で救出はできずとも、助けを呼ぶことくらいはできる。目下の目標としては、下敷きになっている者の状態の観測である。
「おい。まだ生きているか?」
リュージーンは長い首を大きく曲げて瓦礫の下を覗き込む。そうしてリュージーンの視界に入ったのは、ふくよかな巨躯に瓦礫が圧し掛かるリザードンであった。
「誰かと思えば、親父じゃねえか」
下敷きになった相手を目視したリュージーンは、自分でも驚くほど冷静で冷淡な声が零れた。目の前で下敷きになっている相手が実の父親であるにも関わらず、リュージーンの心には焦りも悲しみも湧き起らなかった。
対する父親、魔王軍の執政官であるライジーンは、自分を救出に来たのが息子だと知ると歓喜の声を上げる。
「その声、リュージーンか!? よくぞ来てくれた! 早うワシを助けろ! レイジーンがハーフエルフの娘に殺され、このワシを軟禁しおった。そいつに目にものを見せてやるのだ!」
息も絶え絶えだったライジーンは息を吹き返す。威勢よく吼え、次男レイジーンの仇のソフィへありったけの悪態を吐き捨てた。
リュージーンはライジーンの雄叫びを一頻り聞き届けると、肺一杯に息を吸って長く深い溜め息を吐き捨てた。そしてありったけの皮肉の笑みを浮かべると、
「はぁぁぁ? 何言ってんだお前はぁぁぁ?」
ありったけの嫌味を言い放つ。
「リュージーン、貴様……、ふざけている場合ではないぞ……!」
想定外の息子の反抗に、ライジーンの堪忍袋の緒が切れた。超重量の瓦礫の下敷きになっているにも関わらず、身を奮って怒りを表現する。
リュージーンは怒り狂うライジーンに冷ややかな視線を送り続ける。
「ふざけているのはお前だ親父。いいやライジーン。
オレを切り捨てて辺境に左遷した挙句、殺させようとしたのはお前だろう。それを忘れたとは言わせねえ」
「そ、それは……、お前に世界の広さを教えようとしたからでだな……。お前が殺されかけたのは手違いだ。特務部隊の暴走で」
「だったら、どうしてオレが特務部隊に殺されかけたと知っている?」
「ぐっ……、それは…………」
ライジーンは言葉を詰まらせた。一度は不要と切り捨てたリュージーンに詰められている。プライドの高いライジーンにとっては屈辱極まりない事態ではあるが、命には代えられないと苦渋の決断をした。
「すまなかった! やはりワシの跡を継ぐのはレイジーンではなくお前だリュージーン! だから、早く助けてくれ!」
希望が見えて一度は奮起したライジーンだが、徐々に瓦礫の重量に押し潰されていく。ろっ骨を圧迫する窮屈さと、満足に呼吸ができない苦しみに顔色が沈んでいく。
ライジーンの謝罪を受けたリュージーンは、憑き物が落ちたような爽やかな顔をした。
「親父……」
実の父親を見詰める瞳は慈愛に満ちている。決意を固めたリュージーンは、手を伸ばして瓦礫に手をかける。
ライジーンは命が助かると安堵する。
が、リュージーンは鉄剣を瓦礫の隙間から突き立てる。ライジーンの胴を貫いた剣先からは、ドクドクと血流が溢れ出る。
「な、何をしている……。この馬鹿息子が……!」
「そうだな。オレは馬鹿だと思うが、それでいいとさえ思っている。あんたには少しは感謝しているんだぞ。
あの辺境に左遷されてなけりゃ、ミチチカたちとは出会えていなかった。広い世界を知らず、仲間を得ることもなかっただろう」
「だったら、ワシを助けて……」
「だが、あんたとオレは決定的に違う。親子でも、進んできた道程が違えば目指す場所も違う。もう、あんたに拘ることはない。あんたを目指すオレはいない」
「リュー……、ジーン…………。この、親不孝者が……!」
「さようならだライジーン。レイジーンともども、葬式は割愛するがな」
別れを告げたリュージーンは剣を抜いた。傷口からは勢いよく鮮血が吹き出し、ライジーンの命が散った。
「ま、こんなもんか……」
ケジメを付けたリュージーンは瓦礫の山を戻っていく。ライジーンの手を屍に合わせることはなく、もう過去を振り返ることはない。リュージーンの旅はここで一つの幕を降ろす。
人知れず、リュージーンは新たな門出を迎える。




