彼女の旅立ち
「まずはありがとう。てっきり遠くに行ったと思っていたから、すごく助かったよ」
地に足着いて、マリーが開口一番にエルフたちへ礼を述べた。先ほど喧嘩別れのような別れ方をした手前、マリーはどことなくバツが悪そうな表情をしている。
しかし、エルフたちの前で最も気まずい顔をしているのはソフィだった。
ソフィはどのような顔をしていいか分からず、ミチーナの影に隠れて様子を伺っていた。
「ソフィ。君に話がある」
そんなソフィに声をかけたのは、エルフの長であろう精悍な顔立ちの男だった。金色の短髪は砂煙に汚れているが、眼光の鋭さは光を増してソフィを見詰めている。
そんな真っ直ぐな眼差しに見詰められ、ソフィはすごすごと姿を現した。
「は、はい……」
「君の事情は彼女たちから聞いた。君が魔王軍に付いた事情も、この70年の行いの意味も全てを知った」
「……」
ソフィはエルフの男に対して言葉を返すことはしない。どれだけ理解されようとも、70年という年月が生み出した溝は、そう簡単には埋まらない。
ソフィの沈黙を受けても、エルフの男は語るのを止めない。その背後にいるエルフの同胞代表者として、積もる話をしなければならないのだ。
たとえそれが、厳しい言葉となってでも。
「しかし、我々は君を信用することはできない。再び仲間として迎え入れることはできない。
申し訳ない……」
「……はい。覚悟はしていました」
エルフの男の言葉を、ソフィはすんなりと受け入れた。何も今に始まったことではない。いつかこうなることは分かっていたのだ。こうなるべきであると自分を戒めてきた。
ソフィはすでに覚悟はできていたのだ。
できていたはずなのに、溢れ出した涙が止まることはなかった。
「あ、れ……? 覚悟はできていたのに、どうして……」
ソフィは止まらない涙を何度も拭う。拭っても拭っても、その涙はソフィの瞳から零れ落ちていく。
「本当にすまない……」
エルフの男は何度も謝罪の字句を並べる。オウムのように、同じ言葉を繰り返し連ねるだけだった。
「違うよエルフの人。ソフィに言ってあげる言葉は、そうじゃないでしょう?」
マリーが穏やかな口調で嗜める。ソフィとエルフの間の問題に口を挟むのは野暮だと自覚しながらも、平行線を辿る2人に僅かな助言を与えた。
エルフの男は、マリーの助言に頷いた。そして沈鬱な顔を上げて言葉を訂正する。
「ありがとう。君の孤独な戦いは、確かに我らを生きながらえさせた。我々だけが苦しい思いをしていたわけではないのだ。それに気付いた今、我々にできることは君を送り出すことだけだ。と思う……」
エルフの男はたどたどしい口調ながらも、毅然と言い切った。70年前のあの日、すれ違って言うことのできなかった一言が、エルフの口から零れ落ちた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ソフィは朗らかに笑って手を振った。本当に何気ない言葉だが、その一言がソフィの心を縛っていた錨を解き放つ。
ソフィにもう振り返る理由はない。清々しい新たな旅立ちは、友となったマリーたちとの再出発でもあった。
「行こう」
マリーは再び飛翔し、ソフィはミチーナの背に跨る。リュージーンの仕事は一度ここで終わり、魔王の戦場へ向かう2人と1頭を見送っていた。
空の彼方へ飛んで行く仲間を見送り、リュージーンは踵を返した。




