そして友になる
ソフィの魂の叫びが大空洞に木霊した。ようやくソフィが漏らした本心に、誰も言葉を返すを持たずに静寂が漂う。
「あぁぁぁ……!」
本心を吐露しても魔王に差し出した魂は容易くは開放されない。縛り続けられた70年という時間は余りにも長すぎた。心を乱したソフィは短剣を構えて突進を仕掛ける。
「この分からず屋が……!」
ソフィの本心を暴いたリュージーンだったが、ソフィの往生際の悪さは想定外だった。まさか本心を叫んだソフィが自暴自棄になるとは思いもよらず、ソフィの突進に向かって鉄剣を向ける。
だが、抵抗を見せるリュージーンをマリーが制止する。
「おいマリー。何をしている!?」
「大丈夫。リュージーンは下がって」
マリーの静謐な瞳はソフィを見据えていた。マリーはソフィに対して恐怖などは微塵も感じていない。見据えた瞳には、覚悟のような色さえ垣間見える。
リュージーンはその覚悟を信頼し、ソフィの突進をマリーに託した。
マリーは両手を広げて立ち塞がる。マリーの右手にはユゥスティア、左手には魔杖が握られており、ソフィの突進を受け止める用意は万全であった。
「ソフィ!」
「マリー!」
2人は互いの名を叫ぶ。異世界を共に歩んできた友が、本心を曝け出してぶつかる。
次の瞬間、マリーは両手に持った武具を放り捨てる。空手を大きく広げて、短剣の刃ごとソフィを抱き締めた。
「「っ――――!?」」
マリーに託したリュージーンも、見守っていたミチーナも驚嘆して言葉を失う。
マリーは腹部に短剣を突き立てられる。勢いよく鮮血が飛び散り、返り血がソフィの銀髪を赤く染め上げる。
「な、何をしているんですか……?」
最も不意を突かれ驚いたのはソフィ本人だった。マリーの胴に刺さった短剣からは鮮血が滝のように流れ落ちる。咄嗟に離れようとするも、マリーは両手でソフィは包み込んだ。
マリーの抱擁に言葉はない。ただ無言でソフィの身体を抱き留め頬を寄せた。力強く優しく、無言でソフィを包み込む。
「マリー! あなたは一体何をして……」
「大丈夫。私は大丈夫だから……」
マリーは言葉少なに抱き締める。腹の傷に表情を歪め、汗を流しながらも、一度決めたことは決して曲げない。
「どうして私に攻撃をしないのですか……。私は、あなたに殺されても仕方がないような裏切りをしたのに」
「もちろん、残念だったし悔しかったし怒りも沸いた。けど、考えてみたら「その程度」だったんだよね」
「「その程度」……? マリーを、セーネを騙していた私を、「その程度」だと言うのですか?」
ソフィはマリーの胸の中でキョトンとした。その手はすでに短剣から離れており、マリーに身を預けていた。
マリーは泣いた子供をあやすように、穏やかな声で語り掛ける。
「私がこの世界に来て初めて会ったのがソフィだった。それから、色んな旅を一緒に乗り越えて来て、私は友達になったと思っていた。けど、ソフィは違ったんだもんね」
「……」
マリーの言葉にソフィは押し黙ってしまう。手厳しい言葉の数々はソフィを責めるようにも聞こえ、返す言葉もない。
「だから、もう一度友達になる。そのために、私はソフィを受け入れるよ。何度でも喧嘩して、何度でも仲直りする。何度でも戻ってきたくなるような居場所になるから。この手は離さない」
マリーの覚悟は変わらない。例え腹を割く短剣が鋭くとも、流れる血に身体が寒気を感じても、抱き留めたソフィを逃しはしない。
「私は、マリーを傷付けました。マリーだけじゃなく、セーネもミチチカたち皆を」
「だから、ちゃんと皆と仲直りしないといけないの。怖いなら、私が一緒にいるから。ソフィの居場所は、ここだよ」
流血しすぎたマリーは意識が白んでいた。だが、紡ぐ言葉の一つずつは力強く、混乱したソフィの心は凪を取り戻した。
迷いを断ち切り、願いを得たソフィソフィは手を伸ばす。マリーの背に手を回して、覚束ないマリーを抱き寄せて身体を支える。
マリーの言葉を受け、ソフィは歓喜と充足感が満ち溢れた。くすぐったいような思いが溢れ、今度は
悦びの涙が零れ落ちた。
「ありがとう、ございます……。私を、助けてください……。私と、友達になってください……」
「もちろん。全部、任されたよ!」
魔王城の地下での戦いが終わった。誰も失うことのない戦果は大きく、マリーの負傷は魔法で応急処置がなされた。
再び友達となった2人は、あの日のように朗らかな笑顔を交わした。
そのとき、大地を揺らす衝撃が迸った。魔王と領主たちの戦いが一層激化している証拠であり、地響きは地下深くの空間を大きく揺らした。
そして、魔王城の城郭が地下空洞に降り落ちた。




