鍵は手の中に
「私は私の力でソフィを救う……!」
マリーはエルフたちに憤怒を向けて宣誓した。怒りに捉われ利己的になったエルフなど、頼りにするどころか話し合う時間すら惜しいと割り切った。
「救うと言っても、どうやって……?」
傷口を押さえた祭司長が尋ねた。
「そ、それは今から考えるけど……。けど、こんな話を聞かない人たちを頼りにするくらいなら、あの手この手を試す方がよっぽどいいね! 人の話を聞かない人たちは、勝手にしていればいいよ!」
「そうは言っても、エルフは大魔女の呪縛を受けているのよ。勝手に箱庭を脱出できるのなら、誰も不幸にはなってないわ」
「大魔女の呪縛なら、魔女が解決できるでしょ?
今の私には、その力があるんだから……!」
そう言ったマリーは魔杖を天へ掲げた。左手には魔杖、右手にはユゥスティア。2本の魔女の遺物を交差させると、魔法の起源たる想像力を展開する。
マリーが掲げた2本の魔女の遺物は、マリーの思いに呼応する。交差させたポイントからは白い光が溢れ出し、拳程度の光球が現出した。
「な、何だあれは……?」
「気を付けろ。大魔女が何をやり出すか分からんぞ」
「やはり魔王の手先。何かしでかすつもりか!」
エルフたちはマリーの挙動に浮足立った。マリーの魔法を注視しながら、反撃に出られるように武器と魔法を構えて腰を落とす。
マリーはエルフたちの罵詈雑言を聞き届けながら、心穏やかに魔法を展開する。瞳を閉じて、明鏡止水の心で魔法のイメージを強固に形成する。
魔杖とユゥスティアを重ねた魔法が完成した。それは穏やかな白光を発する球体であった。
「敵視でも何でもするといいよ。けど、私はあなたたちに期待はしない。仲間を最後まで信じられないあなたたちの誇りなんて、そんなものでしょう!」
マリーは万感の思いと叫んだ。同時に掲げた光球は風穴を開けられた風船のように弾け、内側に湛える光が溢れ出す。
「なっ……!」
「何を!?」
「うわぁ……!」
エルフたちは溢れ出した光に成す術なく包まれた。温かく包み込む白光は箱庭に満ち満ちると、ほどなくして光は止んだ。
「……今のは、一体……?」
臨戦態勢を取っていたエルフだが、発光に事なきを得て肩透かしを食らった。何かしらの攻撃が来るのだと身構えていただけに、マリーに対する視線に変化が現れる。
エルフがマリーに向けていた敵意が鳴りを潜める。不信感は未だ残れど、構えていた武器の矛先は地面に向かっている。
「さ、呪縛は解いたよ。アイリーンもいない。好きにどこへでも行けばいいよ。止めないから」
「待て大魔女。一体何をした?」
「何って……。呪縛を解いたんだよ。もうあなたたちは囚われの身じゃない。ソフィを恨むと言うのなら、一緒に来てなんて言わない。
私はソフィを縛り付けるものを開放しただけ」
「なぜ、我らに呪縛を与えた大魔女が呪縛を解くのだ?」
「だーかーらー! 私は大魔女でもアイリーンでもないの! 私はマリー。ソフィの友達」
エルフたちはようやく冷静さを取り戻す。すると自分たちの勘違いを含め、現状の分析をし済ませていく。
だがマリーはエルフたちに一切の期待はしていない。呪縛を解くだけ解くと、そそくさと踵を返して魔王城へ向かう。
「じゃあね……」
ありったけの怒りを開放したマリーは、一変して冷静さに満ちていた。冷ややかな目付きは二度とエルフに向かうことはなく、魔王城にいるソフィへ向いていた。
(この魔女、アイリーンの呪縛をこうも容易く解いてしまうとは。魔女の遺物との相性といい、この娘ならば本当に魔王を滅ぼせるのではないか?
ならば、やはり私はこの命を……)
祭司長はマリーの魔法を直に目にすることはできない。だが、肌で感じた魔法の温度に一縷の希望を見出した。マリーの行く末を見届けられない己の運命にも、納得できる終末があるのだと胸を撫で下ろす。
「私も共に行くよ。助けになれるだろう」
「それも「未来視」で視たの?」
「まぁね」
マリーと祭司長は軽口を交わした魔王城へ歩みを進める。
自由の身となったエルフたちは、魔王軍の幹部と魔女という歪なコンビを不思議そうに見送る。
エルフに「誇り」を説いた魔女は、裏切り者の友だという。あれほど真っ直ぐな者が「友」と言ったソフィとは、どのような者だったか。エルフたちは自分たちが見失っていた「誇り」の形を再考し、かつてのソフィの姿を思い出していた。
ソフィという少女は、誰よりも穏やかで優しい少女であった。最期に彼女が見せた表情は、悲壮に満ちていたような気がする。
「我々は、何をしていたのか……。何をするべきなのか……。何をしたいのか……」
その自問自答は何十年振りであったか。エルフは賢者である。その心の内の声を疑う愚鈍は、誰一人としていなかった。エルフは進む道を、切り開かれた未来に見出していた――――。




