未来を拓く鍵となる
「それは……」
マリーは祭司長が手に持つ魔杖に見覚えがあった。青藍の宝玉が嵌め込まれたそれを「魔杖」などと称するが、マリーにとって馴染みのいい呼び名は「魔法のステッキ」である。マリーがフロンティア大陸に来て初めて手にした武器であり、魔女の自覚を促すきっかけとなったアイテムである。
そんなマリーと円の深いものを、祭司長は「魔女の遺物」と言った。
「私はそれと同じものを知っている。それが「魔女の遺物」って、お母さんが残したものってどういうこと?」
「貴女が知っているものは全く同じものじゃないわ。恐らく貴女が知っているもの、それはオリジナルの魔杖を複製した量産品のはず。
この魔杖は他の量産品とは比べ物にならない原本であり、魔女が手ずから作り上げた魔法の結晶よ」
「じゃあ、どうしてあなたがお母さんの作った杖を持っているの?」
「考えられる入手ルートは、一つでしょ?」
祭司長は不敵な笑みを湛えた。その笑顔はアイリーンの手癖の悪さを言い示しており、マリーは容易に察した。
祭司長はマリーの怪訝な顔を察すると、そのまま話を続ける。
「これは私の護身用に与えられていたもの。けど私には魔法の才能は皆無だから、いくらオリジナルの魔杖とは言えど量産品と遜色ない性能しか発揮できないわ。
けど、あなたは違う。魔女であり、「最後の魔女の娘」である貴女なら魔杖は応えてくれる。魔王を倒す奇跡さえ、貴女の思うがままよ」
断言した祭司長は魔杖をマリーへ差し出した。その手に収められている魔杖は物を言わず、静かにあるべき主の元へ戻らんと青藍の輝きを放っていた。
魔王城の中庭に風が吹き込んだ。頬を撫でる涼しげな風がマリーの背中を押す。
マリーは何か運命めいた感動を胸に抱きつつ、差し出された魔杖を手に取った。
ズゥゥゥン――――。
マリーが魔杖を手にすると時を同じくして、フロンティア大陸を震撼する衝撃が迸った。大地震と見紛うほどの衝撃は連続して発生する。
この地響きが魔王と領主たちの戦闘によって発生しているものだと、マリーが想像することは難くなかった。
「魔王との戦いが熱を帯びているみたいね……」
「私も行かなきゃ……!」
激化する戦闘が大陸を削っている。この世界に生きる者が、来訪者である魔王に生命を脅かされている。その事実がマリーの心を掻き立てる。
「待って!」
焦燥に駆られ飛翔を試みるマリーだが、祭司長はその背を呼び止めた。その声には静謐さと焦りが滲み、瞑られた糸目には真剣さが宿っている。
マリーはただならぬ祭司長の声音に脚を止めた。
マリーは祭司長の行動原理は理解した。それに基づく行動に納得もした。故に、マリーを引き留めたのにも理由があるのだと、再び祭司長に相対した。
「貴女には、1人の少女を救ってもらわなければならない。貴方も、それを望んでいるはずだよ」
「……ソフィを、救えるの?」
「えぇ、そのために中庭に連れて来たのだから」
そう言った祭司長は周囲の森林を見渡した。光を捉えられない盲目であっても、青々とした光景が瞼の裏に浮かんでいた。
「この中庭の森は、とある種族を生かすための「箱庭」なの。私のように殺さぬように生かすだけ。およそ70年もの間に渡って生け捕りにされた「籠」なの」
「その種族って……」
「そう。貴女も知る「エルフ」は、たった1人の少女に首輪を嵌める人質とされたの――――」




