現在と過去を視るの
「魔王は異形を保ちながら、その内側には「憎悪」と「憤怒」。得体の知れない「何か」に抱く復讐心が、魔王を駆り立てていたわ」
祭司長は懇々と語り始めた。打倒魔王を託すために祭司長が語るのは、謎に包まれた魔王の正体と本質に迫るものだった。
マリーは祭司長の覚悟の固さをに閉口し、その一言一句を聞き逃すまいと耳を傾ける。
「魔王の正体は異形の怪物。この世のものとは思えない体躯を持つのは、「この世界の存在ではないから」と本人の弁よ」
「つまり、魔王は異世界からの侵略者ってことなの?」
マリーは思いがけないカミングアウトに思わず問い返した。マリーにとっての異世界を荒らした張本人が、さらに他の異世界からの侵略者となれば話が変わってくる。スケールの違う話に困惑しつつも、マリーは祭司長の回答を待った。
回答を待たれた祭司長は、もったいぶることなく首肯する。
「詳しい話は打ち明けられず、魔王の所以は私も知らない。けれど、明確な目的があるのは確かだよ。
魔王はそのために大陸に根城を築き、盤石となった城で力を蓄えた。魔王にとって、内に渦巻く憤怒と憎悪の炎を開放する算段を立てていた。
私は盤石となった魔王の領域を支える礎。私だけじゃない。この大陸に生きる全てが、魔王にとっては足掛かりにしか過ぎないの」
「そんな……。セーネたちが奪われた200年もの時間は、魔王にとっては「ついで」ってこと?」
「そうなるね」
腸が煮えくり返る思いだった。マリーがフロンティア大陸に転生し、冒険を経て目にしてきたのは、魔王によって生活を奪われ変えられた人々の営み。その姿を目に焼き付け、魔王から大陸を取り戻すことを誓って歩んできたのだ。
それが、よもや魔王の目的ではなかった。魔王にとって、奪った人々の生活など眼中になかったのだ。
そんなことを聞かされて怒らずにいられようか。
マリーは人の心については人一倍に敏感であり聡い。同時に喜怒哀楽の共感能力が高い、良くも悪くも優しい少女であった。
祭司長はマリーの憤慨を知っている。この光景すら既視の未来であり、どんな言葉を投げ掛けるべきかを承知している。
「経緯も去ることながら、魔王の溜め込んだ力は本物だよ。その肉体の頑強なることもあるけれど、真の脅威は「存在そのもの」よ」
「……どういうこと?」
「魔王に対しては「命を奪う」のではなく、「存在を絶つ」ことは念頭に打倒しなければ駄目。例え一時は倒したとしても、魔王は憤怒と憎悪を火種に何度でも蘇るわ。フロンティア大陸に現れたように、何度でも転生して世界を苗床に蘇る。
それを絶つには、「あの存在」を完全に世界から絶つしかないの」
「そんなの、どうすれば……」
そんなマリーの当惑を、祭司長は鼻で笑った。閉ざした糸目を見開いて、光の視えない眼がマリーの手を指し示した。
「貴女は答えを持っているじゃない」
「ユゥスティア…………!」
「そう。その魔鎌は魂を斬る鎌なのでしょう? ならば、それで魔王の魂を斬ればいいの」
祭司長は魔王を滅ぼす術を断言した。未来を視る祭司長はマリーの魔鎌を視認し、その才能を知っている。そこから弾き出した手段に間違いはない。
「でも、ユゥスティアの力は「魔女殺し」だよ。魔王の魂を斬るのは話が違」
「じゃあ、これを見ても「不可能」だって言うの?」
したり顔をした祭司長は、懐から一本の杖を取り出した。口角を吊り上げて満を持して持ち出す杖には、拳ほどの大きさの青藍の宝玉が嵌め込まれている。
「これは貴女の可能性を広げる魔杖。そして、貴女の母親が残した魔女の遺物よ――――」
最後の魔女サリーが子に残した点が、遂に線となって結実した。




