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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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未来が選べぬなら

「――――私が魔王軍の幹部になったのは、200年くらい前だったかな。魔王がまだ「魔王」と呼ばれる前、魔王は私の権能に眼を付けた。以来、私は魔王に手綱を付けられ、脱走のできない城の地下に幽閉した」


 過去を吐露し始めた祭司長であるが、その語り始めは想像を絶する重みを含んでいた。

 マリーは祭司長の言動に注視しながらも、その口から語られる言葉に耳を傾ける。

 2人が歩く魔王城の中庭に風が吹き込み、一帯の木葉が擦れてさざめいた。


「以後200年、私は望んでもいない序列などを与えられて暗闇の中で時を過ごした。魔王はご丁寧に不老不死の異能なんかをどこかから引っ張ってきて、不完全ながらも私に作用して死ねずにいた」

「アイリーンの研究していたものだね。結局、魔王はアイリーンも利用していただけってこと……」

「そうだろうね。魔王は基本的に他者に価値を見出していない。そういう意味では、私は「特別」だったのかも知れないけれど」

「それだけあなたの権能は特殊なの? 一体どんな権能なの?」


 マリーは祭司長が語る魔王の異質さに戦慄した。祭司長の権能を知ることは戦略的に重要ではあるが、この期に及んではマリーの好奇心が勝っていた。


「「未来視」だ。短期的ではあるものの、確定率100%の未来を視るの」


 祭司長は質問に対して嫌な顔をすることなくあっさりと答えた。


「これが魔王が欲し、手の届くところに置き違った私の権能の正体。「姿なき指導者」として私を型に嵌めつつ、反逆を許さないように地下深くで生かした。長らく光を見ず、おかげさまで今を視る目は失ってしまったよ」


 祭司長は自嘲気味に笑ったが、マリーは言葉を発することができずにいた。それほど祭司長の話は残酷であり、魔王の独善性に鳥肌が立つ。


「だから、「祭司長」の存在を知りつつも、「私」という存在を知る者は皆無と言っていい。マサキも私の顔は知らないはずだよ」

「そんな魔王に大事に匿われてきた司祭長が、私に何の話なの?」


 マリーは祭司長の話にも剣呑な雰囲気は切らさない。今のところ祭司長は敵対する様子は見られないが油断はできない。祭司長が本当に「未来視」の権能を有しているのなら、それを打破する手立ても考えなければならない。


「そう警戒せずに、気を楽にして聞いてほしい。そもそも私は未来が分かるのだから、あなたが攻撃してこないことを知っている。だから気持ちを砕いて話をしているの。

 それに、私は匿われてはいない。私だって魔王の信頼は得ていない。魔王にとっての私とは、未来という不確定要素を安全に進むための案内役でしかないのだから」

「なら、私たちと一緒に魔王を倒」

「それはできないね」

「ぬ……」


 マリーは祭司長にシンパシーを感じたが、それも祭司長本人によって断ち切られる。


「今の即答も未来を視たから?」

「いいえ。今のは安易に予想できる発現だったので却下させてもらった」

「ぐぬぬ……。

 やっぱり私と戦うために姿を現したの?」

「それも違う」


 祭司長は淡々と問いかけを捌いていく。吹き抜ける風にも狼狽えることなく、その糸目から真意を窺うことは困難であった。


「私は、貴女たち魔女同盟に大陸の行き先を託すべきだと考えている。しかし、その未来に私はいない。だからこそ、今できる全てを貴女に託しに来たというわけ」

「それは、あなたの「未来視」で視た結果なの?」

「えぇ。私は確実に死ぬ。その経緯も視ている」


 祭司長は己の死を悟っても尚、顔色を変えない。淡々と死を受け入れ、その未来を享受する。

 だが、マリーは祭司長の諦念に怒りを見せた。相手が魔王軍の幹部であろうと、来る死を知りながらそれを享受するという諦念だけは見過ごせない。


「なら私が力になるから! あなたの未来を変える! そして一緒に魔王を倒すの。そして、あなたは祭司長じゃない「あなた」として新しい人生をやり直そうよ!」

「それは不可能だ。私の権能は私が一番知っている。私の「未来視」は不変の予知。例え魔王であろうと変えることのできない絶対的なものなの」


 祭司等の意志は変わらない。穏やかなで喜怒哀楽の少ない表情の中の、凛然とした軸を見た。


「私が死んだ後の未来は視えない。200年ぶりに、視えない未来はこんなにも恐ろしいのだと思い出したよ。

 そんな未来に、魔王に挑むあなたたちに対して私が託せるのは知識。魔王を倒すための知識と、あのハーフエルフを救うというあなたを手助けすること」


 祭司長の決意は変わらない。これ以上怒り奮起するマリーに付き合う様子はない。

 祭司長は自分が「いつ」「どこで」「誰に」「なぜ」殺されるのかを知っている。そう、祭司長には時間が残されていないのだ。

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