燃える縁
「グゥゥゥム――――!」
ドラグノートが苦悶の声を漏らした。ドラグノートの紅蓮の口角には、雨霰の如く紫炎が打ち付けられる。頑強なドラゴンの身体を打ち付ける紫炎の流星は当たった傍から焼却し、身を焼く焦げた臭いが鼻を突く。
「ドラグノート。貴様何をしている!?」
「狼狽えるな夜王。我々はこの世界の守護者なのだ。ならば迷うな!」
アドバンもバルバボッサもスカーも、全員が魔王を見上げているこの場で、唯一ドラグノートだけが前を向いていた。誰もが圧倒的な巨体と異能を放った魔王に畏怖を抱く中で、ドラグノートだけが挑戦者としての闘志を燃やしている。
「もう一度、来るぞ!」
前を向くドラグノートが吼えた。その視線の先では魔王が次なる紫炎を展開し、間断ない一斉掃射を放っていた。
「噴っ!」
ドラグノートが紅蓮の熱線を放つ。自由自在に熱量を操作する双角で生み出した熱線は、魔王が生み出す紫炎と同等の熱量を誇る。
しかし唯一魔王に劣るのはその物量である。ドラグノートの熱線は夜空を切り裂く一筋の彗星である。対して魔王の紫炎は夜空を埋め尽くす無数の流星群であった。
威力という質が同じならば、どちらが勝るのかは量で決定される。
「くそ、好きに言ってくれる。おれたちの方が領主としては長いんだ。その意地、今見せずしていつ見せると言う!」
「同感であるな。ここで妾たちが狼狽えてどうする。領域の主としての誇りを見せてやろう!」
ドラグノートの思いに感化されたバルバボッサたちが奮起する。ドラグノートの熱線だけで足りないのならば、他の力を合わせてやればよいのだ。バルバボッサの青雷とスカーの黄金の火炎が織り成す波動が、天へ昇って紫炎へと反逆する。
魔王の紫炎と領主たちの攻撃が衝突した。空中で拮抗する攻撃は爆発を引き起こし、漆黒の夜空に黒い煙が立ち昇った。
だが魔王と領主たちの攻防はこれだけの留まらない。領主たちを敵と認識した魔王は、攻撃の手を緩めない。
『何度も立ち上がるのならば、何度でも叩き潰すまでだ!』
黒煙に身を潜めた魔王は、刹那の内にドラグノートたちの直上へ移動した。そして巨躯を遺憾なく発揮して、大樹のように太くしなやかな尾を振りかざす。
魔王の連打は迅速であり、大技を放った後のドラグノートたちの隙を突いていた。一同の視線が黒煙に釘付けになっていることも相まって、直撃は必死の攻撃であったが、
「その攻撃、見飽きたわ!」
アドバンが反応した。ドラグノートやバルバボッサのように大掛かりな攻撃を持たないアドバンは、ただ1人静かに目を凝らしていた。紫炎ではなく魔王の動きを注視していたアドバンだけが、魔王の暴力的な打撃に反応する。
しかしアドバンがどれだけ夜の恩恵を受けていても、魔王の打撃を直接受け止めることは不可能である。だからこそ、アドバンは己の有する権能のありったけを駆使する。
アドバンは己の影を操り、蠢く外套を煽った。それらはアドバンの権能で自由自在に形を変え、縦横無尽に空を駆ける。刹那の間に迸り、領主たちを守る傘へと様変わりした。
「ぐぅ……。やはり重い……!」
「十分だアド坊。むしろよくやった!」
アドバンの影の傘は魔王の尾に踏み潰される。だが、僅かに生み出した遅延で領主たちは回避する。魔王の尾は空ぶって地面を叩き割った。抉られた大地が礫となって飛来して領主を襲うが、その程度ならば容易く撃墜できる。
紫炎を迎撃され、打撃を回避された魔王だが、無論第三撃目も用意している。八本の節足を組み合わせると、その脚先では人の頭程度の大きさの球体が生成されていた。
「なんだあれは……?」
アドバンは持ち前の夜目で魔王の掲げる球体を視認した。それは夜に覆われた空間の中で不気味に浮かぶ、光を吸い込む漆黒の球体であった。
『これでも逃げられるか……?』
魔王は勝利を確信したように微笑んだ。これこそ魔王の奥の手であり秘儀であり、必殺の一撃である。かつてニシャサで勇者マサキが使用した漆黒の弾丸。そのオリジナルこそ、魔王であった。
魔王は生成した漆黒の球体を一息で撃ち出した。間断なく放たれれる連撃に疲労が蓄積した領主たちだが、その弾丸を迎え撃たんと鼻息を荒くする。
それこそが魔王の狙いであり勝算であった。この漆黒の球体は、ありとあらゆる存在を吸い込み圧縮する。その存在は光を吸い込むブラックホールと同様であり、一切の迎撃方法を以っても撃墜は不可能。
ドラグノートたち領主はそれを知らない。ブラックホールといった超宇宙的存在を感知しない。だからこそ効果的であり、必殺と成り得るのだ。
(さぁ、無知のまま滅びよ……)
魔王は内心でほくそ笑んだ。回避ができない場面を演出し必殺の一撃を放つ。防ぐことは、何人にも不可能な一撃を放ち、より確実な勝利を手に収める。
魔王の虎の子の弾丸がドラグノートに迫った。間近に迫って尚、弾丸の脅威は察知できない。一見無害に見える弾丸の恐ろしさは、既知でなければ身に受けなければ分からない。
漆黒の弾丸がドラグノートに着弾する。その刹那に剣閃が煌いた。
漆黒の弾丸は何者にも迎撃不可能の異能を誇る。ありとあらゆる炎熱も雷霆も、砲撃も魔法も権能も吸い込み押し潰してしまう弾丸を、唯一切り裂く天敵がその剣であった。
夜空から降り降りた一閃が弾丸を切り裂き、鷲獅子が雄々しく吼える。その背に跨る青年は、白銀の魔剣を掲げて魔王を見据えた。
「異世界ぶりの因縁だ。お前との決着は俺が着ける。覚悟しろ邪神――――!」
道周は魔剣の切っ先を振りかざし、邪神の名を叫んだ。




