破魔雷 1
四大領主の一斉攻撃により、遂に魔王が撃墜された。空に根を下ろし虚空を踏み締めていた魔王は、内包する超重量ごと地面に叩き付けられる。
無論、魔王を受け止めた大地は大きく凹み、辺り一帯には深く長い亀裂が走っていた。
撃墜されたとは言え、この程度で倒れる魔王ではない。砂埃の中から姿を現し、誇りを払って立ち上がる。そして空に立つ四大領主を睨み付け、口角から流れる血塊を吐き捨てた。
「遂に領主が揃ったか。この世界の守護者たる「四大領主」。一角は地龍と聞いていたが、見知らぬ顔が一つあるな……」
「我が名はドラグノート。純血のドラゴンであり、チョウランの領主である。友との盟約により参戦し、魔王を討ち取るために魔女同盟に加勢する」
ドラグノートは鎌首を持ち上げて参戦を表明する。紅蓮の双角を振り上げて吼えると、他の領主たちと肩を並べた。
「其方がマリーの話にあった西の新領主か。かなりの強者と聞く。期待してよいのだな?」
「無論である、麗しき太陽神よ。我が来たからには遅れは取らぬと思ってもらって構わない」
「その言い方だと、オレらが手こずっていたように聞こえるが?」
ドラグノートの何気ない一言にアドバンが噛み付いた。アドバンがドラグノートの発言を聞き逃すはずなく、高いプライドがものを言わずにはいられなかった。
「……? 事実であろう」
「この蜥蜴擬きが……。言ってくれるではないか……!」
「止めろアド坊。端から見ても、あれは苦戦していた。今はいがみ合うのではなく協力すべきだ」
「けっ……。バルボーがそう言うなら、今は黙っておいてやる」
溜飲を下げたアドバンは大仰に腕を組んだ。ドラグノートの態度が気に障ることは確かだが、先のドラグノート攻撃が魔王に対して有効だったことは間違いない。ドラグノートの功績と実力を天秤にかけると、共闘することが最適解であることは明白である。
「では、我が先鋒を務めよう。貴様らは敵の動きに合わせろ!」
「言われるまでもない。行くぞバルボー、スカー!」
反りの合わないドラグノートとアドバンが先導する。ドラグノートは宣言した通り先行すると、翼を広げて頭を持ち上げる。紅蓮の双角で周囲の熱を操作して、次に放つ光線を選択する。
「破っ!」
そしてドラグノートが選んだのは、触れたものを凍結させる冷凍光線だった。
他の領主たちは初めて目にするドラグノートの権能に注視していた。放たれた光線を目にして初めて権能の正体を看破し、同時にドラグノートの意図を理解する。
ドラグノートの「凍結」という選択にその先にある作戦を、領主たちは即興で構築して実行に移す。
地上に立つ魔王は、ドラグノートの光線を正面から受けた。獣帝の雷撃に太陽神の業火、夜王の凶刃を受けても怯まない肉体で、ドラグノートの攻撃も圧倒してやろうと絶対的な自信があった。
「ぬぅ!?」
しかし、魔王はすぐさま己の判断が誤りであると気が付いた。ドラグノートの光線が氷点下のものだと見抜くと、防御から回避に転じる。地に根を下ろす健脚で大地を踏み抜き、直撃する寸前で跳躍する。
初めて回避という受動的な選択をさせられた魔王は、内心でドラグノートの認識を改める。
魔王は「四大領主」の中で最古参の地龍を警戒していた。故に獣帝や太陽神、ましてや夜王などという若輩には余裕を見せていたし、地龍の代行というドラグノートなど見せかけだろうと高を括っていた。
だが、ドラグノートが放った熱線と冷凍光線を目の当たりにし、ドラグノートこそ最も警戒すべき敵であると見据える。ドラグノートは領主としての歴は浅くとも、悠久のときを生きて戦乱を生き抜いた猛者なのだ。
そして後手に回ったのだと魔王は実感する。その証拠として、回避に転じた魔王の脚に光線が掠め、右膝から下が真っ白に凍結されている。膝下は壊死しており、脚としての感覚はなくなっていた。
「まずは右脚、貰っていくぞ!」
夜を駆ける夜王には誰も追いつけない。風よりも速いアドバンは夜空を縫い魔王に襲い掛かる。怪しく光らせた爪を立て、纏った外套を操る。漆黒の外套は意志を持つように蠢くと、襤褸切れの布が鋭利な刃へと様変わりした。
アドバンはありったけの速度と刃を振り抜いて魔王に一撃を狙う。
今までは打っても斬っても響かなかった魔王だが、骨の髄まで凍った脚を守る術はない。大気を踏み締め空を刎ねるが、夜王の一撃は避けようがなかった。
「ぐ……!」
翼を持たない魔王が空を行く術は脚であり、右脚を砕かれ空中で体勢を崩した。魔王は口惜しさを面に表しつつも、地上に降り立って体勢を整える。空を飛ぶ面々に対し、片脚での跳躍は不利である。しかし地上に根を下ろしたならば、機動力で劣っていても万全である。
地上に降りた魔王に対して、続け様に猛攻が仕掛けられる。空から連続して降りかかるのは獣帝の雷霆であり、太陽神の黄金の業火である。先ほどまでは何食わぬ顔で受け止めていた攻撃だが、ドラグノートの存在が牽制となり魔王に対応を迫らせる。
魔王は両腕を薙いで、視界一面を覆う雷霆と業火を露のように振り払う。そして領主たちの反撃を許さない魔王は、その両掌を天へ掲げる。今まで物理攻撃しかしてこなかった魔王が繰り出すのは、不気味なオーラを放つ紫炎だ。
「散れ、有象無象ども!」




