夜の光明
「獣帝や太陽神ともあろう者が手も足もでず、か。老いたのではないか?」
「言ってくれるなアド坊……。誰にその徒手を教わったか忘れたか?」
「少なくともバルボーには殴られ続けた記憶しかないな」
夜王アドバンと獣帝バルバボッサは憎まれごとを言いながら微笑した。久しい再会に昔日の思い出が蘇るが、今は悠長に語り合っている場合ではない。
「アドバンか。其方、どうやって魔王に傷を付けた?」
鋭い瞳で魔王を警戒しながら、太陽神スカーが問い掛ける。スカーとバルバボッサが焼いても打っても響かぬ敵に、たった一閃で傷を与えたのだ。スカーとしても純朴な疑問を浮かべるのは無理もないだろう。
スカーから問いかけを受けたアドバンは、どこか誇らしげに口角をたたえて回答する。
「貴様ら、相手を大きく捉えすぎてはいないか? 敵は「大地と同等の質量を持つ」だけであろう。ならば、「大地そのものではない」ということだ」
「そうは言ってもよ。雷や灼いても炎で焼いても、剛拳で打っても響かぬ敵だぞ。何か突破法を見出しているのならば、それを隠す意味はないだろ」
「隠すも何も、響かないと決めつけているのはバルボーたちだろう。敵が不死身ではないのなら、いつかは殺せるというのが道理だ」
「「…………」」
アドバンの言葉に、バルバボッサもスカーも閉口した。まるで童が宣う超絶理論ではあるが、単純ゆえに欠落していた論点である。
アドバンは2人の反応を見て、蒼白な顔を歪めて邪悪な笑みを浮かべた。
「いいか、老人会の御老方。その老いた耳を傾けてよーく聞きな」
アドバンは世代交代とも言いたげに、バルバボッサたちを煽る。皮肉の籠った言葉に青筋を立てたバルバボッサは、わなわなと戦慄して闘志を剥き出しにした。
対する魔王は裂傷を自力で塞いでいた。鼻息を荒らげ力を込めるだけで、断裂した大胸筋の傷が塞がる。薄皮を裂かれた程度で魔王は揺らぎはしないのだ。
「たった一筋。たった薄皮の一枚を裂いただけで勝ち誇るなよ。好きにさせていれば調子付く、そんな愚人どもは粛清せねばならぬ」
「おいおい。魔王ともあろう者が一閃貰っただけでお怒りか。余裕はないようだ」
「図星を突かれたようだ。底が見えてきたな」
怒りを滲ませる魔王を、アドバンとバルバボッサが次々に煽り立てる。僅かに見えた攻略法に強気になり、先ほどまでの劣勢など忘れていた。
地上に降りた魔王は、もう佇むだけのことはしない。襲い掛かる火の粉を振り払い、まとわりつく羽虫を振り払う敵意を放っていた。
「行くぞ――――!」
仕切り直した戦いで、アドバンがいの一番に飛び出した。澄み渡っていた晴天には夜の天幕が広がり、夜王の舞台が整えられている。夜王が有する「常夜結界」の権能は暗雲が空を覆う間に整えられ、純粋の吸血鬼たるアドバンの実力を遺憾なく引き出す。
初っ端から全力全開で駆けるアドバンは、翼を広げて夜空に消える。空高く飛び立ち夜の網にÝ姿を眩ませると、彗星の如き勢いで直下に落下する。
「ふん。何度も何度も同じ手を喰らうと思うな小蝿が……」
アドバンを見上げて魔王が吼える。今まで悠然と佇んでいた姿から一転。魔王は拳を固めて反撃の構えを取った。
魔王とアドバンの衝突まで秒読み。電光石火の一閃と超重量の正拳が正面から衝突するとき、一帯の視界を覆うほどの黄金が迸った。
地上を覆う黄金の業火は大波となる。周囲の仲間などお構いなしに焼き尽くす業火は、やはりスカーから唐突に放たれていた。
「おいスカー。オレごと焼くつもりか!?」
突然の火炎にアドバンが噛み付いた。問い掛けたスカーの視界にアドバンの姿はなく、焼いて止む無しと言わんばかりの眼光を放っている。
どこか様子のおかしいスカーが、ポツリと口を開いて言葉を漏らす。
「小僧……。今一度、誰が御老か申して見せよ……」
アドバンの煽りに一番燃えていたのはスカーだった。褐色の美貌は冷徹に微笑むが、その瞳には殺意の光が宿る。それが向けられているのは魔王、ではなく夜王であった。
「って、オレを焼くつもりだったのか!?」
アドバンは下手に口を滑らせられないと心を改め、逃げるように夜空に飛翔した。




