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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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ハリボテの肉体

 魔王はバルバボッサの辿り着いた回答に対して笑って見せた。

 見上げたバルバボッサは魔王の表情を是と受け止めた。魔王の異質さと異能を看破しながら、バルバボッサに喜色はみられない。


「お前の身体の内に秘められた質量は一体なんだ?」


 それは看破したところで打ち破ることが容易ではない、圧倒的で普遍の異能であるからだ。

 魔王の内側に秘められた質量は、男の見た目からは想像できないほどの超重量を有していた。

 バルバボッサはたった一度の攻防でその真相に辿り着いた。バルバボッサの鉄槌を受けても動じず、僅かな接触で巨漢を吹き飛ばす。魔王の内包するものが見た目以上のものであれば、一通りの説明が付くのだ。


「貴様は大地に拳を振り下ろすか? 貴様は大地に降り注ぐ落雷で世界が終わると思うか? 貴様は嵐が大地を攫うと考えるか?

 全ては否だ。この大地にどれほど牙を向けようと、抗うことなど不可能だ」

「じゃあ何だ。お前への攻撃は大地に仕掛けていると同義とでも言うのか?」

「その通りだ」

「言ってくれる……」


 バルバボッサは魔王の憮然とした言葉に苛立ちを募らせる。まるで敗北など想像していない顔には、戦士として純粋な屈辱すら覚える。


「ならば効くまで攻撃を叩き付けてやる。おれの雷は痺れるぞ……!」


 吼えたバルバボッサは両手を広げた。大地に根を下ろすように重心を落とし、全身に力を込める。喉を鳴らして気合いを叫ぶと、一息の内に轟雷を撃ち出した。


「ぅぅぅ……、あああぁぁぁ!」


 眼光を放ったバルバボッサは帯電した雷を天へ放つ。暗雲から呼応するように雷鳴が続くと、容赦なく魔王目掛けて降り注ぐ。雷を放ち操作するバルバボッサの権能は遺憾なく発揮される。

 雷鳴が轟くと落雷。下方からはバルバボッサの雷撃が放出されて魔王の逃げ場を防ぐ。

 魔王は逃げる様子も守る様子もみせず、毅然と天に立ち尽くした。上下から迫る青雷に眼を細めながら、その全てを身体一つで受け止めてみせる。

 耳を塞ぎたくなる雷鳴の数々。膨張した空気が弾けて衝撃を放つ。数々の怪物を、大敵を葬ってきた雷撃が魔王に襲い掛かる。


「――――…………ふん」


 幾千もの雷撃が収束する。視界を白く覆う閃光が晴れ渡ったとき、その最中で五体満足の魔王が鼻で笑った。その肉体には傷一つない。完全にバルバボッサの雷撃を受け止め、依然として余裕の顔をしていた。


「まだだ!」


 しかしバルバボッサの攻撃は終わらない。雷撃を連発した後にも関わらず、バルバボッサは奮起して飛翔した。全力で巻き起こした暴風に巨躯を乗せ、泰然と立つ魔王に向かって直下から迫る。そして固めた拳を打ち出し、全身を駆動させた正拳の連打を繰り出した。


「おぉぉぉ、らあぁぁぁ――――!」


 バルバボッサは重機のような巨躯を十全に振るう。超人的な膂力を止めどなく発揮して、巌を砕く拳打の雨を浴びせる。

 魔王はバルバボッサの打撃すら正面から受け止める。防御の構えを取るでもなく、軸をずらして衝撃を分散させるでもなく、佇んだまま全てを漏れなく受け止める。


(くそ……。この手応え、本当に大地に打ち続けているだ……)


 バルバボッサは内心で毒吐いた。魔王が口にしたように、拳打を打ち続ける感触は打っても響くものが皆無である。

 空振りをしているというよりも、己よりももっと巨大な壁を打ち続けているようだ。もしくは大地を相撲を取るよう。


 つまるところ、まるで打開のイメージが掴めない――――。


「ぁぁぁあああ、だあああ!」

「もういいだろう。我と貴様との隔たりを実感し、撤退するのならこれが最後のチャンスだ」


 それは魔王による事実上の勝利宣言だった。

 バルバボッサはありったけの雷撃と拳打を直撃させてもなお、揺らぐ気配のない魔王に舌を巻いていた。バルバボッサとて交戦した敵との実力差を理解できないほど馬鹿でなければ、それを認めないほと愚かではない。

 短時間で圧倒的な力を放ち、バルバボッサが見た目以上に消耗しているのも事実だ。魔王の勝利宣言もあながち驕りと一蹴できない。

 熱いハートと冷静な思考を併せ持つからこそ、バルバボッサは獣帝である。魔王が口にした「フロンティア大陸の守護者の一角」というフレーズは言い得て妙である。

 だからこそ、個人の敗北など大局の勝敗の前には些事なのだ。


「いいだろう。確かにおれとお前の力量の差は明白だ。だが、この世界には山河を穿つ者がまだいる。敵が大地というのなら、この大陸を引き裂く一撃を喰らわせてやろう!」

「ふん。負け惜しみか」


 魔王はバルバボッサを嘲笑した。獣帝として君臨し続けた男を「この程度か」と格付けすると、一切の興味を失った。拳を交える価値などないと切り捨て、抗い続ける男に引導を渡す決意を固める。

 魔王がおもむろに振り上げた拳には、大地の質量が内包されている。その拳がどれほどの速度で繰り出されようが、まともに受ければ五臓六腑が堪えられない。純然な質量とはそれだけ強力であり、抗い事の不可能な必然性を湛えている。

 対するバルバボッサは拳打を打ち止めにした。己では目の前の大敵には傷一つ付けられないという屈辱を甘んじて受け入れ、尻尾を巻くように撤退する。バルバボッサが操る暴風はバルバボッサの命に従順に、その巨体を地上へ押し戻すように吹き荒れた。


「所詮は逃げの一手だ。我から逃れられると思うか?」


 散々啖呵を切って逃げに徹するバルバボッサを見ろして、魔王は呆れた溜め息を漏らした。もちろん魔王は啖呵を切ったバルバボッサを逃がすつもりなどない。大陸の果てまででも追い立てて、その骨肉血腑を散らし殺すことを誓っている。

 今の今まで悠然と天に佇んだ魔王が動きを開始する。眼下に撤退するバルバボッサに視線を定めると、下降のために膝を曲げる。


 ――――刹那、天に立つ魔王が黄金の炎に包まれた。

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