魂の墓標
「――――な、なぜだ……?」
袈裟に斬り付けられ地に伏す。胸から濁流のように流れ出す血に全身を濡らしながら、気力だけで顔を上げる。眼を血走らせながら勝者を見上げ、口惜しそうに睨み付ける。
零れ落ちた言葉は純然な疑問である。確かにあのとき、
「私は優位だったはず。どうして、私が斬られた……?」
切り伏せられたテンバーが問い掛けた。道周の体勢を崩し魔剣を弾いた。テンバーに慢心はなく、黒剣を振り下ろすだけで勝利していたのはテンバーだった。
そのはずのテンバーが斬り付けられていた。「なぜ」という疑問は自然に生じるものであった。
「「なぜ?」か。言葉にするのは難しいが……。強いて言うのならば、俺の方が速く鋭く強かったからだ」
「ははは……。結局のところ、私の動きもミチチカの想定通りと言ったところか。または見切られたか……。
戦いとは、そういうものであったな。手に汗握り、血肉沸き躍る感覚久しぶりだ……」
テンバーは渇いた笑い声を上げた。テンバーの負った傷は深く内臓を損傷しているのだろう。立ち上がるだけの気力は起こらず、血に滲んだ視界が霞んでいく。
「私は、一体何にこだわっていたのだろう。「ミチチカに勝つ」と豪語しながら、仲間を勝てぬと分かっている敵に挑ませた。その挙句がこの様だ。仲間も許してはくれぬだろう……」
「そうだろうな。テンバーは戦士としての誇りと、魔王軍特務部隊としての使命の間で揺れていた。
最後にテンバーが見せた戦士としての姿で、最初から手合わせしたかった」
「それは、無理な話だ。私が魔王に仕えていなければ、ミチチカと剣を交えることはなかっただろう……。
だからこそ、私は死すまで魔王軍のテンバーだ。死に際で生き様を曲げるなど、「テンバー・オータム」の誇りが許さない!」
誇りを叫んだテンバーは拳で大地を叩き付ける。最後の力を振り絞り立ち上がる。残った僅かな力で黒剣の柄を握り、命が果てるときまで戦うことを選択する。
「天晴!」
だが動きの速度も精細も衰えていた。最後の抵抗虚しく、道周の留めの一撃を身に受ける。
戦士テンバー・オータムが受けた最後の傷は正面から。魔王軍の刻印を刻んだ黒鎧が切り裂かれ地に落ちる。その死に様に汚れなく、一点の曇りもない戦士の最期は見事であった。
「この剣を、ミチチカが……――――」
その言葉を残して瞳を閉じた。最期に奮起し立ち上がった男は、死してなお立ち続けていた。
「弁慶の立ち往生」を彷彿とさせテンバーに、道周は最大の敬意を払う。
「テンバー。悪いがこの剣はお前のものだ。お前の誇りと勇姿の結晶を、墓標としよう」
道周は大地に突き刺さった黒剣を抜き取った。それをテンバーの足元に突き立て、最敬礼をした。違う立場で出会っていれば、最大の好敵手となったであろうテンバーの安らかな死を弔うと、視線を地平線へと向けた。
「――――終わったかミチチカ」
「何だよ。見てたのかガウロン」
「最後の方だけであるが、見届けさせてもらった。貴様ら戦士は、戦いを汚されるのを嫌うと聞いていたのでな。その流儀を尊重したまでだ」
「それは、非常にありがたい」
道周は天から舞い降りたガウロンに苦笑する。誇り高き幻獣のガウロンなりの気遣いに、むず痒さと有り難さを痛感する。そして今頃になって襲い掛かる身体の痛みに顔を歪めるも、弱音は一切漏らさない。
ガウロンは道周の負傷に気が付きながらも、無駄な言葉は投げ掛けない。戦士の誇りと幻獣の誇りは違えど、生きるための道標足り得るそれの重みは十分に承知していた。
「乗せてくれるか?」
「無論だとも。我は戦士を乗せるのはやぶさかではない」
「……なんだか丸くなったか?」
道周はガウロンの背に跨りながら軽口を叩く。そしてガウロンが飛翔し魔王城を目指して飛び立つと、しばらくの間だけ瞳を閉じた。
「では、行くぞ……!」
「あぁ! 目指すは魔王の元へ!」
道周とガウロンは魔王の元に先行して飛び立ったバルバボッサに加勢すべく飛び立った。




