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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
313/369

雌雄決する 2

 GaRYiiii――――。


 もう何度目か分からない剣の衝突。しかし、この衝突だけは今までのどの衝突よりも甲高く轟いた。

 天から急降下する黒剣は、落下のエネルギーの全てを剣先に乗せる。ただの膂力ではない、物理法則に則った一振りは苛烈で重鈍であった。

 正しく全身全霊とも言える突貫を、道周は技を以って御する。正面から受けるのではなく、軸をずらして威力を分散させる。


「くぅぅぅ……。重すぎるだろ、これは……!」


 だが道周の柔の業を以ってしても威力をゼロにすることはできなかった。

 道周の目算が甘かったのか。テンバーの維持が道周の見切りを凌駕したのか。はたまたその両方か。

 逃がしきれなかった衝撃が道周の全身を駆け巡る。木霊する衝撃に骨を軋ませる。肉が打ち付けられ形容できない痛みが迸る。魔剣を握る手が痺れるが、僅かな隙を見せることは命取りであった。

 道周は声を押し殺してすぐに転身する。怯む間も惜しい道周は魔剣を握り直してテンバーに向かい合う。

 着地したテンバーは地を蹴って追撃する。


「貴様の思い通りになってしまったが、この展開はどうだ? これも想定通りか?」

「もちろんだ。テンバーが飛んでいては、俺の剣は届かないだろう?」

「届いたとしても、私には勝てない!」


 テンバーは黒剣を連続して繰り出す。黒剣を力一杯に振り上げて、突いて薙ぎ払い、道周の反撃を許さない息吐けぬ攻勢であった。

 道周は狼狽え後退するも、すぐに体勢を整える。テンバーの剣を冷静に受け流し身を翻すと、針の穴を通すような繊細さで魔剣を繰り出す。

 どちらも優勢を渡さぬ、圧倒的な手数の攻勢はそう長くは続かなかった。

 拮抗した戦いは、道周へと僅かに傾き始めていた。


「くっ……! おかしい……!?」


 テンバーは不思議そうに顔を歪めた。急襲を仕掛け、圧倒的な暴力で先手を仕掛けたはずのテンバーが、いつの間にか後退していた。


 なぜだ?


 テンバーの頭には純粋な疑問符が浮かんでいた。

 その迷いを断ち切るように黒剣を振り上げ、道周の脳天へ目掛けて振り下ろす。


「っ!」


 道周は魔剣から目を逸らさない。黒剣の挙動を注視すると、その軌跡を完全に見切っていた。

 道周は半歩だけ横に軸を逸らす。脳天を目掛けた黒剣に対して斜めに魔剣を押し当てると、最大限の力で下方へ剣閃を逸らす。

 この防御は一見すると研ぎ澄まされた防御術に見える。しかし、その実は経験と研鑽とによって得られた絶技である。

 たった一度の防御で、道周は二つの業を繰り出していた。一つは最小限の動きで受け流す防御。もう一つは、受けながらにしてテンバーの体幹を崩すカウンターである。それも受けた当人も気が付かないほどの僅かな揺らぎである。


「う……!?」


 両足を地に着けていたはずのテンバーが揺らいだ。黒剣が暴発するなど想定外であり、そんな下手を打つなど有り得ないのだ。


「この、まだだ!」


 しかしテンバーは型には嵌まらない。超人的な身体能力を持つ竜人は、強靭な体幹を繰って返しの剣を放つ。勢い余った黒剣を返し手で振り上げ、道周を下方から斬り付ける。

 だが道周は慌てない、狼狽えない。これまでテンバーと交わしてきた剣戟を顧みると、その追撃は予想の範囲内であった。

 道周は下段から迫る剣に見向きもしない。道周が注視したのは黒剣の剣先ではなく、黒剣を握る手元にあった。

 体幹と筋力を無理矢理駆動させた一撃は、出鱈目な威力を誇っている。

 だからこそ、精一杯の力が込められた手を起点に力の流れを見切ってみせた。

 見切った攻撃を塞ぐのは流れるような体術である。道周は魔剣を持たぬ方の手でテンバーの肩を抑えると、僅かな力で体幹をずらしてみせた。その技は日本の柔術に由来する体術である。


「なっ!?」


 テンバーの視界は一転した。テンバーは自身の身体能力をよく知っている。だからこそ、地に足を着けていたはずの自分が宙を舞って空を仰いでいる事実に戸惑った。

 道周は宙を舞ったテンバーの胴に狙いを絞った。待ちに待った好機は逃さず魔剣を振り上げる。

 相手がテンバーではなく、人の強者であれば勝負は決していた。道周が相手を切り裂いて勝負ありであったが、相手はテンバーだ。翼を持つ竜人が宙に浮いたところで、身動き一つ取れないわけではない。

 身体を丸ごと宙に浮かせたテンバーは素早く翼を広げた。空中戦となればテンバーの十八番だ。それが高高度であろうと低空であろうと、空は空。


「ふん!」

「ぐっ!?」


 低空飛翔したテンバーは身体を捩じった。回転して咄嗟に尾を振り払い、道周の胴を打ち付ける。

 道周はテンバーの反撃をまともに受ける。大木のような密度の尾は鞭のように胴を打ち付け、全身が歪むような感覚に襲われた。溜まらず込み上げる痛みと嗚咽を吐き捨てながら、道周は魔剣を振り払った。 


「っ!」

「っ!」


 結果、道周の身体は大きく吹き飛んだ。骨のいくつかが折れ、数本に亀裂が入っただろう。打ち付けられた身には青じんだ血痕が刻み付けられるが、傷を負った対価はあった。


「うぐ……」


 道周を打ったテンバーだが、背中から地面に墜落する。飛翔していたはずの身体は成す術なく落ちる。


「ミチチカ……。貴様、刹那で翼を狙ったか……」


 テンバーは地面に打ち付けられると悪態を吐いて道周を睨み付けた。翼に迸る痛みは勘違いなどではない。斬り付けられた翼は見るまでもなく血を流し、恐らく飛翔ができるような状態にはないだろう。


「萎えたか?」

「いいや、全く。むしろ燃えてきたところだ!」


 そして2人は立ち上がる。

 傷を、痛みを置き去りにして闘争心に突き動かされ、剣を取って接近した


「ふんっ!」


 もう何度目か分からないの接敵は、道周が先手を取った。骨の軋みも身を裂くような痛みも忘れ、鋭い剣閃を繰り出す。

 テンバーは膂力を生かして魔剣を弾き返す。暴力的な防御で魔剣を弾くと、道周には大きな隙が生じる。テンバーがその好機を逃すことなく、黒剣を突き出した。

 道周は弾かれた魔剣の威力に逆らわず、柔軟な手首で魔剣を一回転させる。そして黒剣を側面から打ち付けあしらった。

 テンバーは黒剣がいとも容易く受け流されることに戸惑いを見せながらも、意識は道周に向いていた。間断なく繰り出される剣先に注視して、魔剣の打突を受け止める。

 道周はテンバーの防御にも怯まず攻撃を繰り返す。道周の攻撃は鋭く素早くも、力強さという点ではテンバーに劣る。だからこそ一手でも多く手数を重ねることに勝機がある。

 道周は一手でも多く速く攻撃を繰り出す。

 テンバーは道周の攻勢に歯噛みして苛立ちを募らせていた。


(く……。的確に嫌なところを攻めてくる……。相手の隙をよく見ているな)


 テンバーは刹那的に移り変わる戦況も冷静に分析していた。道周の連撃は贔屓目なしに舌を巻く。

 最善を突く攻撃だからこそ、裏を読むことは容易であった。


「……今だ!」


 テンバーは僅かな間隙を見破った。この場合においては、常に最善手を選択する道周の動きを読み切ったと言えよう。

 道周の無駄のない連撃の未来を見切る。


 次はこの手だから、私はこの手で。ならばあの手で来るだろう。だからこそ、この手だ――――!


 単純な計算だが、それを命を奪い合う戦場で刹那的で実行にまで移す。

 それは殺し合いの経験を積んできたテンバーにこそできる妙技である。

 テンバーの反撃はたった一撃。研ぎ澄まされた好機を穿つ必殺の一振りであった。

 見切りを上回り、不意を突き、持つ力の全てを込めたカウンターが炸裂する。道周の身体を袈裟に絶つ一閃が、勝負を終わらせた。


「……ぐ、ぅぅぅ――――」


 剣閃を受け地に伏した。袈裟に絶たれた身から鮮血の飛沫が上がる。空を切った剣は虚空を回転し山なりの弧を描く。誇りと魂を乗せた刃が落下して大地に突き刺さる。

 それはまるで、戦士の死を讃える墓標のようであった。

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