魔女よさらば 2
大魔女の口から飛び出た一言は、思いもよらないものであった。
「私は魔女であることを辞めますわ! 魔女の誇りなど糞の役にも立ちません。私はどんな手を使ってでも生き延びますわ!」
「なっ――――!?」
マリーは確かにアイリーンの老いぼれた身体に刃を突き立てたが、肉を切り裂く感覚に終わる。「魔女の魂を斬る」というユゥスティアの刃は、二度と「大魔女アイリーン」の魂を捉えることはなかった。
アイリーンが「魔女を辞める」と口にするだけで魂が変わるのか?
回答から述べると変わるのである。詳細を言うのであれば、それほどまでにアイリーンの決意が固く強かった。
フロンティア大陸における「魔法」とは想像の結晶であり、祈りの結晶であり願いの結晶だ。そう願えば叶う。強く祈れば届く。決意の強さで幻想を現実に変えるというのが「魔法」の真髄である。
そんな「魔法」の高みに存在するアイリーンだからこそ、たった一言で魂の性質を捻じ曲げる。アイリーンが「魔女を辞める」と言えば、それは現実なのだ。
「くっ……! まさか……、そんな……!?」
大爆発が収束する。表層が吹き飛んだ大地は巨大なクレーターを形成し、草木の欠片も残さないほどに荒涼としていた。晴天から差し込む陽光が皮肉に大地を照らしつけ、マリーの人影を落とし込んだ。
右腕で全身全霊の攻撃を、左腕で必死の防御魔法を放ったマリーは限界だった。飛翔する力も残っておらず、翼を失った鳥のように地面に真っ逆さまに落下する。
自立するユゥスティアが落下するマリーを拾い上げる。マリーは地面との激突を辛うじて避けたが、再び立ち上がる気力はなかった。気だるい身体と重い瞼に鞭を打って、瀬戸際で意識を保つ。マリーの虚ろで朧気な視界では、着地したアイリーンが膝から崩れ落ちていた。
「く……。小娘の分際で私に膝を着かせるなど……。いつか必ず殺しますわ。今は、何としてでも生き抜いてやります……!」
若作りの仮面を剥ぎ落されたアイリーンも限界を迎えていた。その老体で起こした大魔法の連発は、確実に疲労とダメージを蓄積している。何より、自ら魔女であることを捨てた身では魔法の質が大きく落ちてしまっていた。
「体制を整え、準備を万端にし、ありとあらゆる手段で殺しますわ。私は私の願いのために。貴女方を殺してやりますわ……!」
アイリーンは呪いにも似た独り言を溢す。鞭を打つ脚に力は入らず、再び立ち上がることができずにいた。アイリーンは腕を広げて地を掴む。脚が動かないならば腕で進むしかない。見るも無残に卑しく、生にしがみ付く「元」大魔女は強い殺意を胸に再戦を誓った。
アイリーンの脅威が去ったことを確認したマリーは、安堵に胸を撫で下ろした。遂に左腕の痛覚はなくなり、ピクリとも動かすことはできなくなっていた。急いで治癒の魔法をかけようと右腕を動かすが、鉛のような身体を動かすだけで酷く息が切れた。
重い瞼は重力に逆らえない。酷い眠気と寒気に襲われながらも、マリーは胸に確かな確証を得ていた。
アイリーン。あなたに続きはないよ。誇りを捨てるあなたに、私たちは負けない――――。
マリーは熱い思いを胸に瞳を閉じる。母の仇を。同胞の無念を。友の未来を背負って。再び立ち上がるための仲間を持つマリーは、全てを捨てたアイリーンに勝っていた。
嵐のような魔女同士の激突。因縁を断ち切るための戦いは、残った魔女の勝利で幕を閉じる――――。




