魂の色
ユゥスティア。
「一角獣の涙」の意味を冠した魔鎌は、かの一角獣を彷彿とさせる純白の刀身を悠然と誇っていた。
「行くよ、「ユゥスティア」!」
マリーは名を叫ぶと魔鎌を振るった。その切っ先で虚空に円をなぞると、その軌跡から無数の光球が現出する。そしてマリーが号令をかけると、一息の内に全弾が撃ち出された。
「私が、私が二太刀も受けるなど屈辱ですわ! もう次はないと知らなさい。もう三度目はないと刻み込みなさい!」
柔肌から流血するアイリーンは雄叫びを上げた。マリーの光球を片手で迎撃した。そししアイリーンの若々しく繕った美白の仮面には亀裂が入り、アイリーンの偽装の襤褸が零れ出している。
「それがあなたの本性ね。数百年もの間、人の命を蔑ろに踏み躙り、自分を偽り生きてきたあなたへの罰よ」
「喧しいですわ。知った風な口で何を言いますの!」
マリーは続けざまにユゥスティアを振った。その刃からは青雷が迸り、アイリーンへ目掛けて放電された。
アイリーンはマリーの言葉に苛立ちを重ねる。怒りと冷静さのバランスは次第に傾いていく。怒りの色が強く滲みながらも、マリーの攻撃を確実に叩き落とす。そして防御からすかさず反撃に転じ、紫の毒霧を放出した。
「行くよユゥスティア。返事は結構、思いっきりぶちかまして!」
アイリーンの攻撃にもマリーは気丈に反撃に出た。再び純白の魔鎌「ユゥスティア」を振り被って投擲すると、空いた右腕で強風を呼び起こした。
「二度、同じ攻撃をしても無駄ですわ。あなたが鎌を操っているのは明白。それを回避するのはとても簡単でしてよ!」
「操ってなんていないわ。私は仲間と一緒に戦っているのよ!」
「仲間……。その仲間も肉塊に果てましたわ。美しい肉体は怪物に化け、そして貴女が殺しましたの。それをお分かりで!」
アイリーンはマリーの魔法を容易く受け流し迎撃する。その間に絶えず怒りを叫び、次第に冷静さを欠いていく。
「同じ手は受けないと言いましたわ!」
だがアイリーンは戦い慣れている。周囲を見る目は健在であり、背後から飛び込んできた魔鎌を弾き返した。マリーの攻撃の間隙を見計らった。僅かな隙を見抜いて毒風の刃を抜いた。風を収束させた鋭利な刃は真空を斬って、無防備なマリーに迫った。
ガキィィィン――――!
だが、アイリーンの刃がマリーに届くことはなかった。アイリーンの放った凶刃からマリーを守ったのは、宙を駆けるユゥスティアだった。
「な……、なっ…………」
アイリーンは目にした光景に言葉が出なかった。金魚のように口をパクパクとして、驚愕のまま固まってしまう。
アイリーンによって撃墜されたはずのユゥスティアは、一人でにマリーを守っていた。まるで意志を持つように回転し、毒風の凶刃を捌いてみせた。
マリーの支えなく宙を舞うユゥスティアは、どこか誇らしげな表情を浮かべる。実際に顔が浮かんだわけではないが、マリーの目には確かに表情が見えた。
そして、そのマリーの感覚は間違いではなかった。
「魔女殺しの魔鎌」の本質とは「魔女殺し」に在らず。「魂を捉える」ということにあった。捉える魂を「魔女」に絞ったために「魔女殺し」という権能を得たのである。すなわち、魔女殺しとは結果的に得た力である。
昔日のホーキンスは得た権能を知って魔女狩りに出向いたのであった、魂の救済を求める僧兵としての結果の結実である。
そして今、「魔女殺しの魔鎌」は魂を宿す。そこにあったホーキンスの魂は役目を終え、一つの空きができた。
魔鎌にぽっかりと空いた空白に、新たな魂が呼び込まれる。それこそ、ジャバウォックに捕らえられていた誇り高きユゥの魂であった。
「よく聞きなさいアイリーン。あなたは命を、そして肉体を支配しているつもりのようだけど、私は違う。
ユゥの魂は死んでいない。あなたに支配させない。いいえ、できるはずがない。私たちの誇りは、ここにある!」
マリーは力強く胸を叩いた。そこは魂が宿る場所であり、マリーが得た誇りを抱く場所である。
空に浮く魔鎌もマリーの声に応えて風に舞った。漆黒だった魔鎌はユゥの魂の色に染められている。純白に変わった刀身は、まだユゥの魂が生きている証左である。
「さぁ行くよユゥスティア。
……いいえ、ユゥ!!」
マリーとユゥの、最高の相棒の最後の戦いが始まる。




