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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
「イクシラ革命戦線」編
30/369

常夜都市と不夜城

あらすじ

2人が足を踏み入れたのはイクシラ最大の都市エルドレイク。そこは終わることのない夜の都市と豪華絢爛な不夜城だった。

奇々怪々な都市で巻き起こるハプニングとは……。

 金色の装飾と煌々と燃える灯りで満たされた豪華絢爛な不夜城があった。

 高く堅牢な要塞の箱に尖塔群が敷き詰められ、それぞれが天蓋を突くように聳え立つ。尖塔群の中央には際立って派手な城郭が君臨し、最上階には城主の間が据えられていた。

 広々とした城主の間、その最奥に鎮座するのは夜王。

 衣擦れの音一つない王の間で夜王は瞑目している。

 黒い外套を身に纏い、異常なまでの白肌で動きもしない夜王はまるで死者のよう。彫刻のように微動だにせず、芸術的な美の具現である。


「--------…………おい」


 無言を貫いていた夜王が柏手を打って側近を呼びつける。

 広間の外で控えていた黒装束の吸血鬼が、颯爽と夜王の前に馳せ参じた。


「何なりと」

「オレの都に侵入者だ。人間とリザードマンが1人ずつ」

「早急に捕縛隊を向かわせましょう。一刻もせぬ内に捕らえてみせますので、暫しお待ちを」

「遅いわ戯け。半刻与える」

「御意」


 拝命した側近の吸血鬼は足早に広間を去った。

 再び夜王1人だけの空間となる天守閣は静寂に満たされた。

 些事に心砕くことなく、夜王は再び黙想に耽る。


 全てはイクシラの発展のため。

 全ては魔王を滅ぼす最終戦争に備えて--------。






 エルドレイクへ一歩進むと、粛々とした静寂な夜の景色が広がっていた。

 一歩前の雪原では、太陽はまだ昼前の高さにあった。にも関わらず、エルドレイクの街はたった一歩の差で夜へと姿を変える。

 それだけではない。

 冷たい極寒の風は生温いそよ風に変わり、思わず眠気を催してしまうほどに体温が上がる。


「かーーっ! どうなっているんだこの街は!?」


 天幕を潜りエルドレイクに足を踏み入れは道周は感嘆の声を上げていた。

 隣を歩くリュージーンも呆気に取られ、長い首を捻って周囲を見回す。

 エルドレイクの街並みは文明開花の景色を彷彿とさせるものだった。

 煉瓦作りの道路が都市中央の城塞まで続き街灯が等間隔で並ぶ。敷設された街灯はガスを用いた「ガス灯」であり、マントルを使用した白い光で炎を灯す。

 道を挟む建物は灰色の煉瓦で厳かに並びながらも、色彩のある三角屋根が目に楽しくファンシーな印象を与える。


「ドームの中の街は常夜、しかしてガス灯で明かりを確保する故に街は眠らない。まさかここまでの文明レベルだったとは、異世界も舐めてられないな」


 道周はずかずかと道路を突き進み興奮を言葉に変える。

 リュージーンは先走る道周を諌めることもなく、目の前の街の光景に圧倒されていた。

 伸びる煉瓦作りの道の先に聳える城塞を指して熱い声を上げる。


「見ろよミチチカ! あれが夜王の住まう城、通称「不夜城」だ!」


 城塞は遠目から目視しても派手だと感じるほどに、金や銀に乱反射する宝石などきらびやかな装飾が散りばめられている。

 城の内側から絶えず放たれる火の灯りによって装飾の輝きは際立つ。

 これこそエルドレイクの技術の粋を尽くした「ガス灯」による夜の克服。故に不夜城は豪華絢爛に、都市は常夜でありながら眠らない街の呈を成している。


「俺も話には聞いていたが入るのは初めてでよ。中々他の領域だって捨てたもんじゃねえな」

「応よ。気に掛かることは山ほどあるけど、今は好奇心が疼いて仕方ない。情報収集も兼ねて散策するぞ」

「もちろんだ!」


 テンションがブチ上がった男たちは、不夜城へ向いて街道を突き進む。

 擦れ違う住人は巨躯と角の特徴的な鬼族に緑肌のゴブリン、尖った翼を畳んだ吸血鬼に夢魔が多い。ただの人間も少なからず確認したが、誰一人として種族を気に留め暮らす感は見受けられなかった。

 不夜城に近付くにつれ常夜の街は活気付き、街灯の明かりは鮮やかな色を得て歓楽街を彩る。


「賑やかだな。もっと剣呑としたものだと思ってたよ。夜王って言うのはとっと陰険なやつだと思っていた」

「イクシラ最大の都市だけあって、発展も賑わいも馬鹿にできるもんじゃねえよ」


 道周とリュージーンは観光気分でエルドレイクの街を練り歩く。

 メインストリートは露天主の太い声と客引きの叫び声が重なり混沌を成している。


「そこの若ぇの! 鳥の串食って行けよ!」

「焼き立てのパイは要らないかい!?」

「エルドレイク名物、フブキコウモリの丸焼きあるよー!」


 やいのやいのと止まない喧騒は景色を変える。

 不夜城へ向かう一本道から覗く裏路地は怪しい紫光は花街。艶かしい生肌の誘惑が2人のメンズを呼び込む。


「悪いリュージーン。ちょっくら行って」

「来るなアホ。遊郭で遊ぶ金も時間もないわ」


 誘惑に後ろ髪を引かれまくっている道周をリュージーンが冷静に引き止める。道周はそれでも名残惜しそうに指を咥えて路地裏を見送る。

 格好の(カモ)を逃す遊女たちではない。甘言の蠱惑的な香で道周(カモ)を惑わす。


「いいじゃないのお兄さん、うちで遊んで行きなよ~」

「イイコトしたげるわ~」

「あら、若い人間(ヒューマン)の男の子じゃないの。可愛い~」

「ようやく見付けたぞ。こいつらを捕縛しろ」


 甘声を受け止める道周と聞き流すリュージーンは、思わず足を止める。


「おい、最後の違うくないか?」

「まずいまずい、これはまずいかもしれないぞミチチカ!?」


 甘美な囁きの中に紛れ込む厳つい声は、2人に対する明らかな敵意を孕んでいる。

 どこからともなく黒装束の騎士が現れ、一子乱れぬ隊列を組み道を塞いだ。

 横一列に並んだ騎士は細い長剣と尖った牙を光らせる。その中央で華美な紋章を輝かせる1人が声を張った。


「我らは近衛兵!

 招かれざる客人の捕縛に参上した。抵抗せぬなら命は保証しよう」


 吊り目の騎士が述べた定型文を受け取った道周は、怪しい笑みを浮かべる。余裕を崩すことはなく、隣のリュージーンの顔と意見を窺った。


「だ、そうだ。どうするリュージーン?」

「「逃げ」一択だろうな。ここで夜王と事を構えるのは本望じゃねえが、五体満足の保証もない」

「奇遇だな。俺もそう思っていた……!」


 そして群青のブレスレットが光を放つ。目映い輝きに店主や遊女、近衛兵の全員が目を覆う。

 刹那、魔剣が周囲の屋台の支柱を両断していた、

 木造の屋根が崩壊し、並んだ露店が潰れていく。連鎖は続き、露店に火の手が上り始める。


「何て粗暴な! 必ず捕らえろ!」

「「「御意!!」」


 リーダーらしき華美な騎士の号令が木霊する。

 指示を受けた近衛兵たちは背中の翼を展開し、火の街道を揺らして羽撃(はばた)く。

 夜天から見下ろす常夜の街道を遡り、2人は脱兎のごとき速さで撤退する。


「逃がすか……!」


 常夜都市エルドレイクの歓楽街から、命懸けのチェイスが始まった。

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