魔女の僕
2人の魔女による魔法戦線は激化する。
ユゥはマリーの脚となり翼となり、飛び交う魔法と爆炎の間を針の穴に糸を通すような繊細さで疾走していた。ユゥが業を挟む隙などない。マリーの回避という生命線を担いながらも、実際は傍観者であった。
(これほどの魔法の数々……。魔女とは1人1人がこれほどの強者なのですか……)
ユゥは飛び交う魔法の数々に驚愕していた。
紅炎の鏃に雷の刃。一体を飲み込む爆発に砂塵を巻き上げる旋風。死を運ぶ毒風と、それを振り払う光。
それらはマリーとアイリーンが繰り出す魔法であった。
マリーは大魔女たるアイリーンと互角に渡り合っていたのだ。
「しつこいですわね!」
「諦めないことが取り柄なの!」
叫ぶ魔女たちは、もう何度目か分からない魔法を放つ。
煌々と燃える火球を光が打ち消し爆炎を撒き散らす。黒く膨れ上がる爆炎を貫いた青雷を、アイリーンは歯牙にもかけず振り払った。反撃として撃ち出される紫の散弾を、空を踏み締めるユゥが回避する。
もう何度目か分からない攻防は引き分けに終わる。埒の明かない攻防も、相手の消耗を狙ったものであった。
「はぁ、はぁ……」
そして消耗をしていたのはマリーであった。マリーは数々の戦いと「試練」を乗り越えて魔法を完全に体得していた。だが、何百年と研鑽を重ねたアイリーンに魔法勝負を仕掛けて易々と勝ることができるはずがなかった。
「あら、息遣いが荒いですわよ」
「少し空気が悪いだけだよ。私はまだまだ戦えるよ」
「そうですの。では、もっと激しい戦いにしましょう?」
余裕を見せるアイリーンは笑った。邪悪な笑みで柏手を打つと、遠雷のように奇声が鳴り響いた。
「「「BUuuulBRRR――――!!」」」
雄叫びとともに飛来するのは、テゲロを襲った以上のジャバウォックの大軍だった。ジャバウォックは艶めく鱗で覆った体躯を揺らし、左右非対称の翼で歪な飛翔をする。その眼光に知性はなく、代わりに詰め込まれているのは殺意であった。
「く……。あれだけの数となるとかなり厄介ですよ……!」
「あれだけの数をまともに相手できない……。こうなったら一掃するよ! 上昇して!」
「承知しました!」
マリーとユゥは不測の事態にも冷静に対応する。その連携に躊躇いはなく、歴戦の風格まで感じさせる。
ユゥは空を踏み締める。その一歩一歩でみるみる高度を上げて、奇襲を仕掛けたジャバウォックたちを見下ろす高さまで上り詰めた。
高高度まで昇ったならば、次はマリーの仕事だ。その両掌に光を収束させると、あっという間に巨大な光球が生成された。
「行くよ……。ユゥはアイリーンから目を離さないで!」
マリーは意識をジャバウォックの大軍に向ける。大敵であるアイリーンから意識を逸らすことは業腹ではあるが、優先すべきはジャバウォックの乱入を許す混戦であると判断した。
「はあぁぁぁ……!」
魔法を溜め込んだマリーは腕を振り下ろした。巨大な光球は隕石のように降りかかり、ジャバウォックの群れの中心へ落下した。耳を切り裂くような爆発音が木霊し、視界が白ける爆炎が辺りを覆う。
爆炎には高火力が内包されている。ジャバウォックの大軍を瞬きの間に消し飛ばし、宣言通り一掃することに成功した。
しかしマリーに慢心はない。疲弊した身体で大魔法を放つも、くたびれる身体に鞭を打つ。凛とした瞳で眼下を見下ろし、その視界にアイリーンを捉えた。
マリーの視界に写ったアイリーンは微笑んでいた。奥の手として持ち出したジャバウォックたちが一掃されたにも関わらず、だ。
(おかしい……。手下を倒されたにも関わらず余裕の笑み。何の手立てがあって……? まさか、これほどの大軍を投入して誘導を―――!?)
ユゥの脳裏に最悪の展開が過った。魔女という種族の最期で語られた大魔女の魔法。それは生命を分解するという凶悪なものであり、同族を滅ぼした大魔法。そして200年が経過した現在、その魔法が進展していないはずがないのだ。
(だとすれば、アイリーンの狙いとは……。この魔法こそが奥の手……!?)
「すいませんマリー!」
ユゥは思考を走らせると同時に行動に移っていた。空中でその身を水平に180度反転させると、マリーを振り落とした。
「ユゥ――――」
マリーの言葉は届かなかった。
ユゥが最期に残したのは未来である。死という終わりからマリーを振り落とし、アイリーンという敵を倒す未来を与えたのだ。
その身を粉微塵に還して――――。
「ユゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!」




