運命の待つ場所
命運を別つ夜が明ける。地平線から昇った太陽が陽光を差し込むと、それはたちまち開戦の合図となる。
「行くぞぉぉぉ――――!!」
「「「雄々々々――――!!」」」
イルビスの号令に亜人たちが応える。雄々しき雄叫びを上げて足音を打ち鳴らす。
南の同盟軍は一晩の強行軍にて砂漠地帯を突破していた。足元の地質は細やかな砂から打って変わり、どっしりと構える土壌へと様変わりした。それは亜人たちの力強い健脚を更に推し進める着火剤になる。
亜人たちの行軍は魔王軍の想定を超えていた。
太陽神による空襲でおおあらわになり、夜王の夜襲で本土が乱れる。そして一夜が明けると大軍が目の前に現れる。こんな大波のような襲撃を受け、魔王軍は完全な防戦を強いられていた。
「押し切れ! 敵に反撃の隙を与えるな!」
亜人たちの先陣を切るイルビスは、剣を振るうと同時に号令を上げる。イルビスは今まで指揮官に徹していたが、本質は一介の戦士である。その巨躯と巨腕を十全に駆使して、鉄の剣で敵を薙ぎ払う。
先陣を切るイルビスの勇猛さに当てられ亜人たちも奮い立つ。夜通し押し進んだ脚の疲労は忘れ、この大戦に幕を引くべく善戦する。
「BUuuuOooo!」
「GYaaaa!」
「Buuryyy!」
「「「Buuubleee!!」」」
しかし魔王軍とて劣勢のまま終わらない。温存していたミノタウロスとジャバウォックを動員する。地の猛者ミノタウロスと空の雑兵ジャバウォックたちが戦線に混沌をもたらす。
「退くな! 我らは数と戦術で上回るぞ。決して陣形を乱さず、囲んで戦え!」
「敵に勢いを与えるな! ここを突き破り、反撃に出る。ミノタウロスを前線に押しやり、敵を圧殺せよ!」
同盟軍の号令と、魔王軍の号令が重なった。戦場を同じくする将たちが見るのは一点の勝利であり、その道のりこそ違えど仲間の鼓舞は必須なのである。
血の臭い渦巻く惨絶たる戦場では両軍が譲らない攻防が繰り広げられる。目の前の敵は殺めんとする意志は前を向き、足元に広がる屍に情けをかけることはなかった。敵味方問わない死屍累々どころか、明け方の透き通った空を見上げる余裕はなかった。
「今のうちに敵軍を飛び越えます。目指すは敵の本丸!」
「えぇ! この戦いを終わらせるよ!」
空を駆ける幻馬ユゥとマリーは気合いを入れた。眼下に広がる凄惨な戦場から目を逸らすことはせず、この悲劇に幕を下ろすために奔走する。
「……む、来たかマリー」
「行くよスカー……!」
風を追う越す速度で疾走するマリーたちは、先で待つ太陽神と合流した。先んじて空爆を行っていた太陽神の身体はすでに暖まっている。これからはスロットルを全開に、攻めて攻めて攻め立てるだけだ。
空を駆けるマリーとユゥ、そしてスカーは一息で長距離を駆け抜けた。戦場で渦巻く仲間の死を弔いながら、目指すのは魔王城だ。
同様に快進撃を進めるであろう西の軍に願いを掛け、そして獣帝と合流する。
すでに魔王城付近まで進撃している夜王と白夜王と合流し、4人の領主級の実力を以って魔王を打倒する。単純明快な作戦故に強力。嵌まれば一撃必殺の進軍を、魔王軍とて易々と通すはずがなかった。
マリーたちが魔王城を視界に捉えたとき、鳥肌が立つほど冷たく不気味な風が吹き込んだ。
「――――お待ちになって。
そう簡単に、魔王の元へ向かえるなど思わないでくださいまし」
艶やかでなめらか。しかし心を鷲掴みにするような恐怖さえ感じる静謐な声にマリーたちの脚が止まった。
魔王の元へ一目散に向かう一同の前に立ち塞がったアイリーンは、紫の長髪を風に靡かせる。紫のリップを塗った愛らしい唇を歪めて、終始冷徹な笑みを浮かべている。
アイリーンを目の前にしたマリーは瞳の色を一変させる。母とその同胞たちの仇、朋友たる幻獣の誇りに泥を塗った張本人に、かつてない怒気を放っていた。




