勝負の分かれ目
「――――……それで、「作戦通り」っていうのはどういうこと?」
ユゥの背に跨ったマリーが問い掛ける。先を行くリュージーンは背中で質問を受け取ると、首だけで振り向いて答えた。
「太陽神たちの出撃のときに言っただろ。「今回は領主たちの総攻撃だ」って」
「……言ってたっけ?」
「そういえば言っていたような記憶はありますが……。それがどうして敵の撤退という結果になるのです?」
要領を得ないマリーとソフィは首を傾げる。
リュージーンはあえて回りくどい言い方をしているようで、ケラケラと楽しそうな笑い声を漏らす。その悪戯な笑い声は夜の砂漠に掻き消えて、砂を運ぶ冷たい風が吹き抜けた。
「いいかマリー。よーく考えてみろ。「領主たち」だぞ。オレたちの仲間の領主は太陽神と獣帝だけか?」
「私たち幻獣の新領主もいますね。しかし、ドラグノートはまだチョウランにいるのでは……?」
「ううん、違うよユゥ。私たちにはまだ仲間がいるんだよ。とても憎たらしいけど頼りになる領主が。それも、夜にこそ本領を発揮する人がね」
「どうやらマリーも分かったようだな」
リュージーンに続いてマリーもしたり顔をした。ユゥだけが状況を飲み込めずに蚊帳の外になり、ユゥは拗ねて頬を膨らませる。
「回りくどい言い方をせず、私にも教えてください。それは一体誰なんですか?」
「それはねユゥ、北の領域イクシラの新領主「夜王」ことアドバンだよ」
マリーのどや顔の解説にユゥはハッとする。正しくマリーたちがフロンティア大陸に刻んできた轍を見るようであり、その名にどことなく力強さと頼もしさを感じた。
「そういうことだ。元々、夜王率いる吸血鬼たちの部隊は北方の山脈を越えて夜襲に備えてもらっていた。本来はもっと後に夜襲を仕掛けてもらう手筈だったが、太陽神と獣帝の出撃に合わせて夜襲を今晩に前倒しをしたんだ」
「だから敵軍は呆気なく撤退したのですね。本土が夜王率いる夜の眷属に攻め込まれては、先に本陣が陥落する、と」
「そういうことだ。理解が早くて助かる。
……そして、オレたちの作戦はまだ終わっていない」
「「???」」
リュージーンは相変わらず含みのある文言を述べる。
マリーとユゥはリュージーンたち作戦立案・指揮系統の考えていることが分からない。
マリーたちの疑問符を受けたまま、リュージーンは本陣に戻った。そして本陣の垂れ幕を開け広げると、そこには全身を武装したイルビスが待っていた。
「待っていたぞリュージーン。マリー、ユゥ殿」
「イルビス……。まさか今から出撃するの?」
恐る恐る尋ねたマリーだったが、イルビスの返答は快活な首肯であった。
「もちろんマリーたちにも出撃をしてもらう。無論、道中は十分に休養してもらうために脚を用意しているが、明朝より魔王領域エヴァーへの全軍出撃を行う」
リュージーンは帰投するなり珍しく鎧を纏う。その瞳はいたって真剣であり、覚悟を決めた光を宿している。
「テンバーとの戦いの後で疲れ傷付いているのは百も承知だ。無理を言っているのも理解している。だが、太陽神と獣帝の空襲により敵は浮足立ち、夜王の夜襲で混乱している。今が一番の攻め時だ。
この戦争、ここで勝負を決めるぞ」
「もちろん。これ以上被害が広がる前に魔王を討つ……!」
リュージーンの静謐な言葉を受け、マリーも覚悟を決める。魔王軍との決戦である戦争も佳境に入ろうというのに、マリーは落ち着き払っていた。
仲間が道を切り開き、仲間が背中を守ってくれる。
肌で感じた戦場の熱は、マリーをただの少女から魔女の娘へと変貌させていた。
夜通しの強行軍に身を置き、一晩は揺れる荷車で休息を取ることになるだろう。そしてこの夜が明ければ戻ることのできない最終決戦が始まる。
「行こう……!」
それでもマリーは顔を上げて奮起する。その熱に当てられたリュージーンたちも兜の緒を締め、その身を最前線に投じた――――。
「……そういえば、西の軍勢も同時に行くんだよね?」
「あぁ、もちろん」
「ミッチーは夜王の夜襲を知っていたの?」
「言及はしていなかったが、ミチチカは勘付いていたぽかったな。オレと同じようにいやらしい笑い顔をしていたぞ」
「くぅー……。私だけ気付いてなかったのか……!
っていうか、そんな大事な作戦ならちゃんと伝えておくべきなのでは!?」
「そんな正論は求めていない。オレは悪くなーい」
マリーの最もな指摘を受けて、リュージーンは逃げるように駆けて行った。




