綱渡り戦線
テンバーが放つ全身全霊の高熱が刹那の内に弾けた。空気に煽られたそれは、夜の帳が落ちた砂漠地帯を煌々と照らす。昼間の太陽よりも赤く熱く、風と成ったマリーの全てごと吹き上げる。
「くぅぅぅ……――――」
吹き上げられたマリーは咄嗟に実体へ戻った。宙に舞ったマリーは必死に制御を図る。飛翔することに慣れてきたマリーだが、超高温が引き起こした上昇気流には抗えなかった。
マリーの苦悶が天上で木霊する。竜人たちを相手取っていたユゥはマリーの声を聞きつけると、血相を変えて首を持ち上げた。
「マリー! 今助力に……」
「こっちは大丈夫。ユゥは他の相手から目を離さないで!」
マリーは歯を駆使ばって乱気流に抵抗する。絞り出した声でユゥに指示を出すと、意地と根性で体勢を整えた。
ユゥはマリーの必死の様を見届けると、不承不承ながら承諾する。そして目の前の竜人に視線を戻して風を繰る。
「その姿、捉えたぞ!」
大業を繰り出したにも関わらず、テンバーは奮起して黒剣を掲げた。まるで鬼の首を獲るかのような威勢を上げて突貫を仕掛けた。
マリーは乱れた体勢と視界の片隅でテンバーを見据える。背中に嫌な汗を流して転身する。何か手を打たなければと模索して使える魔法を目一杯展開するが、テンバーの速度には追い付かなかった。
「ふん!」
「ぐっ……!」
マリーは咄嗟に杖で受け止める。魔法で鋼鉄までに強度を高めた杖は黒剣を受け止めるが、受け切れはしなかった。いくら鋼鉄ほどの強度を得たとは言えど、黒剣を阻むことができることは不可能である。
打たれた杖は粉微塵に砕かれど、マリーの身体に斬撃は届かなかった。しかし黒剣に弾かれたマリーは隕石のように撃墜され、勢いよく地面へ叩き付けられる。砂塵を舞い上げて墜落したマリーは、砂埃を吐き捨てて空を見上げる。
そこではテンバーが黒剣を振り上げていた。自慢の黒翼を広げて、すでに突貫の用意は終えている。
(何か手を打たないと……!)
マリーは高速で思考を回す。同時に繰り出す魔法を取捨選択する。
空中から落下の勢いを乗せたテンバーの一閃は、過去どの攻撃の中でも重い攻撃であろう。それも魔法などの類ではなく、剣による物理的な攻撃である。
「……これしかないかな」
マリーは有する最大の魔法を選択する。それはナジュラの巨大ミノタウロスを滅ぼした大火炎。飲み込んだ者を焼き続け灰塵と果てるまで焦がす。絶対焼失の魔法であるが、発動後は三日三晩眠りこけてしまうという反動が存在する。
だが後々に尾を引くことなど気にしてはいられない。
腹を括ったマリーは両掌を広げた。愛用の杖はなくともできる。そう信じることが魔法の源泉であり、マリーが不可能を越えてきた奇跡を呼び起こす。
「……」
「…………」
マリーとテンバーは言葉もなく睨み合う。まるで達人の居合のような緊張感の均衡は、いとも容易く破られる。
「テンバー殿! 至急お耳に入れなければならないことが!」
2人の均衡を破ったのは1人の特務部隊であった。緊迫した戦況であることは理解しているだろうが、それを無視してでも伝えなければならない火急の事態が発生したようだった。
血相を変えた竜人がテンバーに耳打ちする。報告を受けたテンバーが顔色を変えて驚きを声を上げた。
「本土に夜襲だと!?」
マリーも寝耳に水の出来事に、ハッとして固まった。テンバーたち特務部隊は目の前の敵を捨て置いて踵を返した。文字通り翼を翻して撤退を始めた。
嵐のように過ぎ去った魔王軍に、マリーたち同盟軍は唖然とする。拍子抜けを喰らった同盟軍は不自然な緊張感を抱いていたが、魔王軍が真に撤退したことを理解すると安堵で胸を撫で下ろした。
一息ついた同盟軍の本陣では、したり顔をしたリュージーンが顔を覗かせた。そして死闘を繰り広げたマリーに駆け寄ると、ユゥとともに疲労困憊の身体を持ち上げる。マリーに肩を貸したリュージーンはしたり顔で呟いた。
「作戦通りだな……」
と。




