歯車の激突
――――マリーがテンバーたち特務部隊と邂逅する。南方の戦場で新たな波が起きる頃、西の戦場にも魔王軍の新手が現れていた。
森林地帯が主な戦場となる西の大地で、獣人たちと対等に森を駆け回る個体が猛威を奮っていた。
「そっちに行ったぞ。逃がすな!」
「森での戦闘で引けを取るな。我ら獣人の主戦場であるぞ」
「しかし、不可思議に立ち込める霧が視界を覆いまして。鼻も全く利きません。恐らく敵の攪乱かと!?」
「ぐぁぁぁ――――!」
新緑の森には、獣人たちの阿鼻叫喚が木霊していた。獣人たちが戦い慣れた森林地帯で苦戦をしている。その理由は不自然に湧き出た濃霧と嗅覚を無効化する香、そして獣人にも負けず劣らず木々の間隙を縫う敵性個体の脚力があった。
「陣形を崩さないでください。奇襲といっても俊足の軍団ではありません。あくまで一個体が厄介ならば、数で守りを固めなさい!」
浮足立ち散り散りになる地上の兵士に、モニカが空中から檄を飛ばす。モニカは疾風に乗りながら林立する大樹から戦況を見下ろし、冷静で的確な指示を出す。
モニカはただ指示を出すだけではない。己の「疾風を操作する」権能を用いて、森を覆う濃霧を一蹴した。
「濃霧はわたくしが対処しましょう。グランツアイク大地は、自らの手で死守してみなさい!」
「「「うおぉぉぉ――――!!」」」
モニカの扇動で獣人たちに活気が戻る。雄々しく猛る獣人たちは武器を掲げ、再び目の前の戦場に闘志を向けた。そのとき、モニカすら予見できなかった状況が広がっていた。
「GYaaaryyy!」
「GuuuRuuuaaa!」
「BRuuuuuMMM!」
不可思議な濃霧の中には、数頭のミノタウロスが控えていた。半牛半人の化生たちは濃霧の中で、気配を感じさせずに控えていたのだ。そして濃霧を蹴散らされていたことすら見越していたように、時機を見計らって怒号を上げた。
「怯むな! 地の利はこちらにある。数で囲め!」
「敵が巨躯の怪物であろうとやることは変わらぬ。ナジュラでの教訓を生かすときだ!」
しかし獣人たちは怖気づくことはしない。屈強な肉体と精神で闘志を奮い立たせてミノタウロスに立ち向かう。
のだが、
「そこです――――」
「がっ……」
「くっ……」
「ぅぅっ……」
勇猛な獣人たちが血飛沫を上げて崩れ落ちた。それも隊列の真ん中から噴き上がる鮮血の噴水に、獣人たちの間で戦慄が走る。意味も分からないうちに同胞が死していく現状は、恐怖心を煽るには十分すぎた。
「何事だ!? 敵襲か!?」
モニカが隊列を整えようと目を凝らして俯瞰するが、枝葉が視界を遮って戦況の把握が進まない。指揮系統を握るモニカですら把握できない状況に、戦況はより混沌を極めようとしたとき、果敢な剣士が獣人の隊列を切り裂いた。
ガウロンに跨る道周は、木々という障害物の間を所狭しと疾走して魔剣を振り上げる。道周には原因不明の濃霧も、突然の出血にも心当たりがあった。この奇襲の原因に当たりを付けた道周は、ガウロンに手綱を打って行先を指示する。
「どこに隠れてどこから攻めるか、その癖は俺はよく知っている!」
道周は明確な誰かに向けて叫んでいた。ガウロンは奇行とも思える道周の指示に従い、飛び慣れない木々の間隙を器用にすり抜けた。向かう先は何の変哲もない大樹の幹であり、そこに異変があるとは思えない。
しかし道周は確信を持って魔剣を振り抜いた。大樹の幹を輪切りにする剣筋に淀みはない。
そして伐採された大樹の陰から人影が零れ落ちた。道周が声を投げ掛けていた「誰か」が転がって回避し、歯を食い縛って顔を見上げる。
「思ったより早い再会だな、ソフィ」
「私は会いたくはありませんでしたけどね。特にミチチカとリュージーンは、鉄血なので斬りかかってきそうなので」
「そんなことはしないさ。……って言っても、もう遅いかな」
道周は軽口を交わしながらも魔剣をチラつかせる。ソフィの奇襲や攪乱を警戒しての行動でありながら、同時に「神秘を絶つ神秘」の異能を悟られないように努める。ソフィにも知られていない切り札を使うことなくソフィを取り押さえる。不殺の誓いで行動を縛っても、道周には勝利するだけの目論見はあった。
ソフィとて真正面から道周と戦うつもりは毛頭なかった。ソフィの身体能力と魔法を駆使しても、きっと道周には勝らない。だからこそヒット&アウェーの奇襲作戦で距離を取り、再び森の闇に隠れることが得策であった。
不殺の誓いの元、ソフィを確保せんと魔剣を取る道周。
対するは真正面戦闘を避けて首取りと画策するソフィ。
決して噛み合うことのない2人の歯車が、敵として戦場でぶつかることとなる。




