戦局の行方
開戦から35日が経過したとき、硬直した戦況が一変した。同盟軍と魔王軍との睨み合いは、退屈の中で痺れを切らした太陽神と獣帝の出撃によって均衡は破られた。
共にド派手で広範囲の攻撃を扱う権能を持つ領主の攻撃は、同じタイミングで実行された。これも作戦の通りであり、見事に守りに徹した魔王軍を蜘蛛の子のように散らした。
と同時に、魔王軍が進軍を開始した。それはまるで領主たちの進軍を見計らっていたかのようであり、一抹の不安を覚えさせられる。
だが、不安や心配をよそに、今は攻めるしかなかった。守りの要である領主を攻撃に回したのだ。半端なところで撤退などすれば、それこそ敵の思う壺であろう。2人の領主は後方など気にもかけず、徹底的に攻勢に出た。
スカーとバルバボッサの攻勢は圧倒的なものであった。
スカーが放つ黄金の炎は、一度の息吹で百に近い敵軍を焼き払う。天上から吹き荒ぶ火炎の嵐は兵士の隙間を縫って一切を焼却する。そんな火炎の乱立が繰り返され、魔王軍の守りなどないと同義だった。
バルバボッサの攻撃も、スカーと同様に苛烈を極めていた。雷雲と嵐を引き連れた獣帝は空から攻め込み、地上戦力を砂塵のように巻き上げた。そして宙に舞って無防備になったところへ青雷を撃ち込んだ。流れるような華麗な連続攻撃は、魔王軍の有象無象を焼き払う。灰塵に帰した敵兵を嵐が攫い、そして獣帝は進軍する。
2人の領主は名実ともに圧倒的な進軍をしていた。
だが、魔王軍の進軍も止まらなかった。領主の出陣と入れ替わるような魔王軍の行軍には、残存した同盟側の戦力で立ち向かう。守りの要となった道周とマリーが先導する元で盤石の守りを見せていた。
攻めの起点を持たない魔王軍は、攻め手に欠けていた。
南の戦場ではマリーが指揮する空挺部隊の絨毯攻撃が功を奏していた。地上の進軍も空中のジャバウォックもすでに退けた相手である。手を焼くほどの相手ではなく、危な気なく防衛の役割を務めていた。
だが、魔王軍とて無策で進軍をしていたわけではない。領主出撃へのカウンターとして出撃した軍には、「切り札」が潜んでいた。
最前線では、刻々と変わる戦況を運ぶ伝令が空を駆け回っていた。ハーピィの伝令は急ぎ翼を羽撃かせ、マリーの元へ舞い込んだ。
「マリー殿、至急伝令です!」
「な、なに!? 私、指揮とかできないんだけど!?」
「敵勢力の中に見たことのない戦力が」
「無視!?」
「まぁまぁ、落ち着いて話を聞きましょう」
浮足立つマリーを、ユゥが見事に嗜めた。その冷静沈着な声がマリーを沈めた。
「して、「見たことのない戦力」とは?」
「はい。前線からの情報によると、それは黒い鎧に身を包んだ飛翔体。その数およそ10にして、高い戦闘能力を持つ軍勢とのことです!」
「……となると。まさか――――!」
マリーは伝令からの情報に思い当たる節があった。僅かに伝え聞いた情報ではあるが、マリーの頭には明確な敵の像が浮かんでいた。
マリーがその像に明確な形を思い浮かべる前に、戦況が変化した。件の敵戦力が兵を切り裂き、怒号を叫んで進軍してきた。
「いざ尋常に、勝負だ!」
その男は魔王軍に在りて義を重んじる戦士。正々堂々という言葉を背負い、誇りを持った黒鎧の剣士。その頭には橙の竜角を生やし、鼻息とともに炎の息吹を吹き荒らげる。
その男の名こそテンバー・オータム。魔王軍序列第4席にて、竜人によって構成された特務部隊を率いる大戦士である。
「来たよ。テンバーだ!」
見覚えと因縁のある仇敵を前にマリーが杖を掲げた。ユゥの手綱を持つ手に力が入る。
ユゥは手綱から伝わるマリーの力を感じとる。やんごとなき事情と因縁があることを悟ると、従者たるユゥの身にも力が入る。
「行くよユゥ。あの敵は強敵だ。私たちで倒すよ!」
「えぇ!」
マリーとユゥは阿吽の呼吸で空を駆ける。一角獣は空を踏み締め蹄を鳴らし、魔女は天に掲げた杖で光を描く。
特務部隊を率いるテンバーは目の前の敵を認識する。それが因縁のある金髪の魔女であると悟ると、手に持った黒剣を振り上げた。
魔王軍は遂に本格的な猛者を繰り出した。領主の出撃に対して繰り出された戦力は、この大戦が大きく傾いた証拠である。
戦局は一層苛烈を極め、同時に佳境に入ってきたのだ――――。




