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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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渦中の暇

 開戦の火蓋が切って落とされた。スカーが放った黄金の火炎弾による超遠距離爆撃は、見事にエヴァーの大地を穿っていた。魔王城に直撃とはいかずとも、宣戦布告としては抜群の効果を発揮した。

 「四大領域」と魔女同盟による総戦力に対し、魔王軍も直ちに派兵を行った。事前に得ていた情報と戦略的読みにより、各所にジャバウォックと軍勢を送り出していた。

 無論、戦場で相まみえた軍勢同士は戦闘を発生させる。

 開戦してから早20日が経過した現在、南方の大地で9回の衝突が、西方の大地で4回の衝突が発生していた。

 そのほとんどの戦闘で、同盟側が勝利を収めていた。

 魔王軍は大量のジャバウォックと洗練された武人を混合させた軍勢を率いていた。それらの戦闘能力は決して低いわけではなく、有象無象の軍隊ならば歯も立たないうちに殲滅できていただろう。

 だが、今回の戦闘は一味違った。300年前に魔王軍によって蹂躙された屈辱を忘れずに鍛え上げた兵力は粘り強く、練り上げた作戦が敵の裏を突く。何より、大空を翔る遊撃隊の功績が大きかった。

 空と大地の王の姿を取った幻獣グリフォン、その長たるガウロンは音を置き去りにして空を舞う。その背に乗った魔剣使いが空からの奇襲を仕掛け、敵の統率を大きく乱した。

 純白の四肢で空を踏み締め、天を走破する幻獣ユニコーン。その最後の雄、ユゥが風と成って自由に天を駆ける。その盟友であり主である魔女、マリーは敵軍のど真ん中にド派手な光球の魔法を打ち下ろした。どこからともなく降り注ぐ光の爆撃の恐怖は、魔王軍の精神を的確に擦り減らしていた。

 状況は同盟側が優勢であった。確実な進軍に手応えを感じた同盟軍は、今日も今日とて祝杯を上げていた。


「「「かんぱーい!」」」

「あまり羽目を外しすぎるなよ! いつでも武器を取って戦える用意はしておけ!」


 南方最前線の夜営は、大戦とは思えぬ活気と乾杯の音頭が響いていた。

 隊列の指揮を担うイルビスは声を張り上げて嗜めるが、祝杯を止めさせようとはしない。無駄に緊張して眠れぬ夜を過ごすよりも、時には肩の力を抜いて気持ちを楽にすることが必要だと理解しているからだ。その分、見張りにも十分な数の兵士を割いているし、節度を保つことを徹底していた。


「いやー、どんどん呑んで食ってくれればいいだがね。厳しい指揮官様がいたらそうかいかんか」

「アムウ殿、酒宴の肴の提供は非常に感謝している。だが、あまり部下たちに酒を呑ませないでくれよ……」

「ははは! 次なる得意先だ。酒の失敗でなくならないように、今は商魂をグッと堪えるさ」


 一大商業団体、ムートン商会の会長であるアムウは豪快な笑い声を上げた。その大胆で豪胆な物言いに、さすがのイルビスも扱いに手を焼いていた。

 祝杯の様を見守るイルビスとアムウの元へ、帰還した道周が顔を出す。その隣では一日中飛び回ったガウロンが並び立ち、疲労を感じさせない涼しい顔をしている。


「帰ったぞー」

「うむ、ご苦労。十分に休んでくれ」

「待ってくれイルビス」


 イルビスは労いの言葉をかける。そして本隊陣営に戻ろうと踵を返すと、道周がその背中を呼び止めた。


「どうした?」

「敵の動向だが、少し変じゃないか?」

「先陣を切る者の直感だ。詳しく聞こう」


 イルビスは脚を止めて振り返る。その瞳は指揮官のものであり、静謐な光を秘めている。

 真剣な雰囲気を察したアムウは静かに立ち去る。忍び足で作戦会議から離れ、跳ねるような足取りで酒宴の席へ直行した。

 アムウが去ったことを確認した道周は、胸に秘める違和感を言葉にする。


「この20日間の戦況だが、上手くいきすぎだ。俺たちの行軍が順調なのはいいことだが、敵側に手応えがなさすぎる」

「ミチチカが敵を過大評価しすぎていたのではないか? かの魔王軍と言っても、頭一つ抜けた幹部レベルの将が簡単に出てくるとも思えんが」

「それだ。俺が感じた違和感は、ここまで劣勢でも追加戦力を投入してこないところにある。まるで余裕すら感じるんだ……」

「一理あるな。だが、こちらがすべきことは変わらない。敵の戦力を消耗させながら、少しずつ進軍する。今回は太陽神や他の領主も防衛に回り、奇襲に対する対策も万全だ。

 だからこそ、遊撃を務めるミチチカたちは突出しすぎるな。敵を掻き乱す功績を自覚した上で、「群れ」での戦いであることを忘れるな」

「承知した。少し気になったことを伝えたかったんだ。このまま勝てるならそれに越したことはないからね」


 道周はそう言って照れ笑いをした。今まで入念に準備をしてきた魔王軍との全面戦争なのだ。気が立っているのかと自嘲気味に笑って、「少し休む」と本陣へ戻る。

 イルビスは疲労の感じられる道周の背を見送った。歴戦の男とて、やはり大戦の中で精神を擦り減らしているのだと再認識する。それは道周のみならず、マリーもセーネも、領主たちも同じなのだろう。

 だからこそ油断はできぬと兜の緒を締め直す。イルビスはその背中に大役を背負っているという自覚を強めた。


「私も休むか……」


 疲れを自覚したイルビスも本陣へ向かう。副官たちに言伝を残して休息をとる。

 星が降るような夜も、どこかで戦闘が勃発しているのだ。戦争とはそういうものであり、自分たちは選んでその道へ足を踏み入れた。

 想像以上の重圧と惨禍の渦に飲まれないように、戦士たちはしばしの眠りに身を任せるのであった――――。

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