静寂なるタルタロス
四方を囲む石造りの壁は場の雰囲気を冷やかに染める。事実、魔王城の天守である広間の中央には魔王が鎮座し、場の空気は重苦しい緊張感に包まれていた。
「――――私からの報告は以上です」
エヴァーに帰還した内通者、ソフィが淡々と報告を終えた。その内容とは、他の領域と魔女同盟の戦力、組み立てていた作戦、そしてマリーがチョウランの助力を得たなどという情報が主であった。
ソフィは勃発まで秒読みになっている大戦に向けて、魔王が欲する情報を持ち帰ったこととなる。
内通者としての役割は全うしたといえるほどの上々の成果にも、魔王が喜色を示すことはなかった。
「承知した。下がれ」
「……はい」
魔王から下される言葉を、ソフィは素直に飲み込んだ。着いた片膝を上げて玉座で大仰に脚を組む魔王に一礼をして、素早く踵を返した。ソフィは魔王に賛辞を求めるでもなく、褒美を賜るでもなく淡々と広間を後にした。
ソフィと魔王の殺伐とした関係性を、第三者のアイリーンは奇異の眼差しを向けて見守っていた。口を噤んでいたアイリーンはソフィの退出を確認すると、封を切ったように言葉を紡ぐ。
「魔王はあのハーフエルフの情報を、本心で信用していますの? 情に流されて、偽りの情報を持ち帰られてはたまりませんわ」
「我とて鵜呑みにはせぬ。奴の情報は思考の一助であり、頭の片隅に留める程度よ。敵の動向も予想通り、拍子抜けていたところだ」
魔王とアイリーンは淡々と言葉を交わす。ソフィに遠慮のない会話から、2人がソフィを信用していないことが窺える。
魔王は相も変わらず玉座の上で詰まらなさそうに笑い、冷ややかな視線を魔王城の外へ向ける。
「では、どうしてあのハーフエルフを生かしますの? 用が済んだのであれば、私の怪物の素体に下さればいいものを」
「素体にしたところで、あれはただのハーフエルフだ。大したものにはならんだろうよ」
「それもそうですわね」
アイリーンは唇を尖らせたり悪戯な笑みを浮かべたりと忙しそうに表情を変える。次に感情を露わにしたアイリーンは、眉間にシワを寄せた。
「では、いよいよ生かす意味が分かりませんわ」
「敵の情が移っているのなら、囮くらいにはなるだろう。冷酷に徹することのできる敵首を取れるなら、生かしておく価値はあろう」
「なるほど、さすが魔王ですわ」
アイリーンは賞賛の声を送る。
対する魔王は顔色一つ変えずに組んだ脚を伸ばす。両の脚を広間を踏み締めた魔王は、いよいよ重い腰を持ち上げた。
「……最終準備に取り掛かる。祭司長を呼べ」
「御意。貴方様に勝利を」
魔王の一言に、アイリーンは真剣な声音で頭を垂れる。
漆黒の外套を翻した魔王は、凛々しい顔と凛然とした背筋で扉に手をかける。
この大戦は、もう誰にも止められない――――。




