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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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皮肉屋の色々

 広間から一早く退出したリュージーンは、行く宛もなく太陽神の宮殿をうろついていた。差し込む陽光から逃れるように影へ逃れ、自己嫌悪に襲われていた。


「――――やっと見つけたぞリュージーン」

「……イルビスか」


 宮殿の支柱にもたれかかっていたリュージーンが首を持ち上げた。長い鎌首をぐるりと回し、涼しい顔をするイルビスと向かい合う。


「よく見付けられたな」

「宮殿の構造については私の方が詳しいのだ。見付けられて当たり前だ。

 そんなことより、貴様が1人で黄昏てどうする?」

「うるせぇ。絶賛自己嫌悪中だ。頭と心がグルグルして、気分が優れない」

「だろうな。あれだけの嫌われ役を買って出たんだ。これでリュージーンが生き生きとしていれば、「下衆野郎」と斬っていた」


 イルビスは軽口を叩きながらリュージーンの隣に立った。そして許可を取るでもなく、さりげなく腰を下ろす。

 リュージーンも放浪を止め、支柱に背を預けたまま腰を下ろした。

 2人の参謀は今だけ知性を捨て、素直な感情を吐露するために瞳を閉じた。

 先に口火を切ったのはリュージーンだ。


「あいつらは疑うことを知らない。ミチチカとマリーはこの世界に来てからずっとソフィに支えられてきた。セーネは長年ソフィに信頼を寄せてきた。

 ならば、オレが疑わずしてどうする?」

「その割には根拠が希薄じゃなかったか? 「物証がない」などと打ち明けてから問い質すとは、リュージーンらしくもない」

「ははは! ……そうだな。どうかしていた」


 リュージーンの乾いた笑い声が廊下に木霊する。誰の足音もしない薄暗い廊下に消え入った声は、リュージーンの広漠とした心象風景のようだった。

 事実、リュージーンらしくもない推理だった。それは、リュージーン本人が一番自覚している。

 物的証拠もなく、胸を張って声を上げるだけの根拠がなかった。何より、リュージーン本人もソフィの力強い否定の文句を待っていたのだ。


 リュージーンの心配しすぎだ。

 リュージーンが悪い。


 そういった軽口を叩き、悪戯な笑みを交えて終えたかった。そのためなら、リュージーンは喜んで頭を下げて、誹り詰りを受け入れていただろう。

 だが現実は過酷で無残だった。ソフィの明け透けな高笑いと、真心を踏み躙るような言葉の羅列に苛立ちが募る。その棘の切っ先は計らずも己に向いて、リュージーンの心を抉ってみせた。


「まさか、オレがここまでナイーブだったとはな。マリーたちと過ごす間に、とんだ甘ちゃんになってしまったものだ」


 リュージーンの独り言は虚に掻き消された。イルビスは返事をすることなく、噛み締めるような一言に深く同調して首肯する。

 リュージーンは自分の強さを知っている。同時に弱さを知っている。己の弱さこと強さと表裏一体であり、斜に構えた自分が嫌いではなかった。

 卑屈で偏屈で軟弱で臆病者。そんなリュージーン(自分)だからこそ、ソフィの僅かな歪さに気が付いてしまったのだろう。一度気にかかってしまえば、証明しなくてはいけない。弱い自分が生き残るためには、仲間だろうが親だろうが疑いに疑って慎重を期すことが、何より必要であると承知していた。

 覚悟はあったはずなのに、心が痛い。ソフィを信じたいという自分の本音に気が付いてしまえば、己に吐いた嘘が痛い。


「損な役回りを押し付けた」

「今謝るんじゃねぇよ。オレがみっともなくなるだろう」

「謝りはしない。ただ、私は貴様を誇りに思う」

「……チクショウ」


 リュージーンが抑え込んでいた感情の堰が切れた。抑えに抑え込んだ溢れ出た感情の渦は、一滴の涙となって頬を伝う。

 リュージーンが本音と本心を垣間見せたとき、薄暗い廊下に靴音が鳴った。


「そうだぞ、リュージーン。お前の功績は大きいぞ」

「……ミチチカ。お前まで来やがったのか……」


 しんみりとした顔のリュージーンが、暗がりから現れた道周へ厳しい視線を送った。こっ恥ずかしい表情を見られた手前、その語調も心なしか棘があった。

 対する道周はリュージーンの視線など気にもかけず、茶化すでもない真剣な表情を浮かべる。


「そう自分を卑下するな。リュージーンはソフィの嘘を暴いたんだろうが、同時に本音も浮き彫りにした」

「……どういうことだ?」


 回りくどい言い方に、リュージーンは怪訝な顔をした。いいから早く結論を言えよという視線で、したり顔をする道周を見詰めた。


「リュージーンがソフィに提示した根拠は、確かに端から見れば強いものじゃなかった。ソフィが言い逃れをしようと思えば、いくらでもできただろう……。

 だが……」

「だが小娘は自分が内通者であることを自白した。その不自然さのことを言っているのだな?」


 イルビスが道周の言葉の意図を理解した。その上で補足をして道周に意味ありげな視線を送る。その意図を2人で共有すると、怪しい含み笑いを交わす。


「ソフィは俺たちにSOSを出したんだ。ソフィが重ね続けた嘘を暴いた俺たちに、その心の奥を見抜いてくれという意味を込めていたんだ。

 だからこそ俺たちはソフィと、魔王軍と戦う。そこにはリュージーンの力が必要だ」


 力強い言葉を放った道周はその右手を差し出した。広げられた掌は、リュージーンの回答を待っている。

 一方で、背中を押されたリュージーンは自嘲気味に笑って見せた。己の卑屈さが臆病が必要などという言葉は、予想だにしない気持ちのいい言葉だった。


「……分かった。オレにも「オレを切り捨てた親父を討つ」って目的があるんだ。それまでは、愚直にやってやろうじゃないか」


 リュージーンが道周の手を取った。男と男の右手が組み交わされ、道周は勢いよく腕を引き上げる。

 支柱にもたれかかり座したリュージーンは、力強い道周の手を借りて立ち上がる。その表情に沈鬱な涙はなく、快活で次を見据えた光が宿っている。再び立ち上がったリュージーンを、阻むものはなにもな


 バキッ――――!


 軽快で甲高い音が響く。その快音と目の前で起こった出来事に、傍観していたイルビスは目を丸くした。


「なっ……、何をしているミチチカ!?」


 耐え兼ねたイルビスが声を上げた。

 左拳でリュージーンの頬を打ち抜いた道周は、何食わぬ顔でケロッとする。


「だからと言って、リュージーンのやり口に苛立ったのは俺だけじゃない。これは俺とマリーとセーネの分だ。刺されないだけましだと思え」


 道周から熱い拳骨を喰らったリュージーンは勢いよく尻餅を着いた。口角から流れる血を抑えて毅然と笑うと、もう一度差し出された道周の掌をパチンと叩く。


「甘んじて今は受けてやろう……。この借りは絶対に返すから、見ておけよ……!」


 威勢いいリュージーンは、誰の手も借りずに立ち上がる。最終決戦に向けて、挫けた心を奮起さて意気込みを吼えた。

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