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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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心の棘

 残された広間に静寂が漂う。ソフィという内通者を暴いたというのに、全員の面持ちは沈鬱に染まっていた。


「済まない。少し席を外させてもらう……」

「待てリュージーン。待て!」


 イルビスの制止を振り切り、リュージーンは広間を去った。重厚な扉を押し開けて、そして勢いよく扉を閉めた。

 イルビスはリュージーンの後を追うか迷いを見せたものの、スカーが目配せをすると一礼をして広間を後にする。

 残された道周も後を追おうと踵を鳴らすが、視界の片隅にうずくまったままのセーネを確認すると踏み留まった。道周は嗚咽を漏らすセーネに歩み寄ると、膝を折って顔を近付けた。


「落ち着けとは言わない。俺たちよりもずっとショックなのはセーネだ。正直、かける言葉も見つからない」

「ミッチー。それ、今言うことなの?」


 道周の第一声にマリーが噛み付いた。マリーはずっとセーネの背を擦り気を配っている。そんな中、セーネの気持ちを慮らない初告げんが気に障るのも無理はないだろう。

 セーネは言い争う2人を差し置いて面を伏せたままだ。両手で顔を覆い、苦しんだ声を上げて落涙する。

 道周はそんなセーネの背に手を差し伸べ、片方の手をマリーの肩に乗せた。そして瞳に希望を湛え、真っ直ぐな視線を向ける。


「だが、俺はソフィを見捨てない。ソフィの言葉はどこか苦しそうで、助けを求めていた。俺はソフィの嘘と真実を信じたい」

「嘘と、真実……?」


 道周の真意が理解できず、マリーはオウム返しをした。

 道周はマリーの問い掛けに対して頷く。


「ソフィは「楽しかった」と言った。「友達ごっこ」と言った。だからこそ、本当の友達に戻れるんじゃないかと思う。

 ソフィはスカーの「理由はなんだ」という問いかけを遺棄した。すなわち、誰にも言えない理由があるんだ」

「その理由を解決できれば……」

「ソフィと本当の仲間になれる、と思う」


 道周の言葉尻は不安げにしぼんだ。だが、その言葉はマリーに一縷の希望を与え、セーネが立ち直るわずかなきっかけになったことは違いない


「心の傷は時間をかけて整理するべきだ。俺がかけられる言葉はこれだけだけど、マリーはセーネの傍にいてやってくれないか?」


 そう言って言葉を残した道周は、どこか気恥ずかしそうに踵を返した。振り返らないことなく広間の扉にまで歩むと、そのまま去ったリュージーンの後を追う。


「……というわけだ。良い仲間を持ったな、セーネ」

「スカーにも、迷惑をかけた。君の大切な民を、危険に晒してしまったね」


 ようやく顔を上げたセーネは、細々とした声でスカーに謝罪をする。が、スカーは意に介さず呵呵大笑すると頭を上げた。


「何を言う。あの小娘、恐らくだが無策だ」

「……え?」


 スカーの思いがけない快活な笑い声にセーネが顔を上げた。ポカンと丸くした目は涙で赤く腫れあがり、凛々しい顔がクシャクシャになっていた。


「でまかせであろう。あの小娘にそれだけの甲斐性はないとみえる」

「では、どうして見逃したんだい?」

「万が一のためさ。狡猾で卑屈な者ほど、窮地に立つと何をするか分からんからな。それこそ、死を覚悟して暴れられては堪らん」


 スカーは淡々と語りながら円卓の席に戻る。長い脚を艶めかしく組んで顔を上げると、どこかやるせない顔で天窓を見上げる。

 セーネはスカーの真意を汲み取り気持ちを改める。依然傷心は疼いて止まない。寂寞は去ってくれない。だが、見上げた前にしか道はないのなら、顔を上げ続けようと決めたのだ。

 セーネという少女は、我が儘え我を通す傍若無人な道を行くと誓いを立てたのだ。この背中がうずくまっていれば、付いて来る者に示しがつかない。


「……済まないスカー、マリー。心配をかけた」

「もう大丈夫なの?」

「あぁ。正直に言えば夢であってくればいいと思うが、僕が悲しんでいても進まない。それに、ミチチカが言ってくれたようにソフィの本心を暴きたい。それができるのは、ソフィのことを一番知る僕が立ち上がらなければいけない」


 セーネは震える膝に鞭を打って気丈にも立ち上がった。頬には涙が伝った跡が様々と残るが、セーネの顔には希望が戻っている。

 マリーはセーネの復活に安堵した。一安心したと優しい息を吐いて、セーネの横の席について横顔を見詰める。涙の雨が上がったセーネの横顔は、やはり凛々しく整った隆起を誇る形に溜め息が漏れる。

 マリーの視線に気が付いたセーネは、熱視線を向けるマリーに顔を寄せた。


「ありがとうマリー。ミチチカにもお礼を言わなきゃね」

「そうだね。けど、もっとデリカシーを持つように注意しておかないと」

「ふふ。そうだね。乙女心をしっかりと叩きこんで、僕好みに仕上げてみようかな……」

「え……」


 マリーはセーネが惚気たかと思ったが、聞き間違いだろうと聞き返す。

 セーネは言葉をはぐらかし回答を曖昧にした。悪戯な笑みもやはり画になる美しさを湛えていた。

 ソフィという忠臣が残した傷は深く大きい。セーネの心は未だざわつき、うっかり勘違いをしてしまいそうなほど混乱もしている。

 だが、その傷を、失ったものを補ってくれる仲間の存在に助けられ、最後の戦いに臨む決心と誓いを新たにした。

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