心の棘
残された広間に静寂が漂う。ソフィという内通者を暴いたというのに、全員の面持ちは沈鬱に染まっていた。
「済まない。少し席を外させてもらう……」
「待てリュージーン。待て!」
イルビスの制止を振り切り、リュージーンは広間を去った。重厚な扉を押し開けて、そして勢いよく扉を閉めた。
イルビスはリュージーンの後を追うか迷いを見せたものの、スカーが目配せをすると一礼をして広間を後にする。
残された道周も後を追おうと踵を鳴らすが、視界の片隅にうずくまったままのセーネを確認すると踏み留まった。道周は嗚咽を漏らすセーネに歩み寄ると、膝を折って顔を近付けた。
「落ち着けとは言わない。俺たちよりもずっとショックなのはセーネだ。正直、かける言葉も見つからない」
「ミッチー。それ、今言うことなの?」
道周の第一声にマリーが噛み付いた。マリーはずっとセーネの背を擦り気を配っている。そんな中、セーネの気持ちを慮らない初告げんが気に障るのも無理はないだろう。
セーネは言い争う2人を差し置いて面を伏せたままだ。両手で顔を覆い、苦しんだ声を上げて落涙する。
道周はそんなセーネの背に手を差し伸べ、片方の手をマリーの肩に乗せた。そして瞳に希望を湛え、真っ直ぐな視線を向ける。
「だが、俺はソフィを見捨てない。ソフィの言葉はどこか苦しそうで、助けを求めていた。俺はソフィの嘘と真実を信じたい」
「嘘と、真実……?」
道周の真意が理解できず、マリーはオウム返しをした。
道周はマリーの問い掛けに対して頷く。
「ソフィは「楽しかった」と言った。「友達ごっこ」と言った。だからこそ、本当の友達に戻れるんじゃないかと思う。
ソフィはスカーの「理由はなんだ」という問いかけを遺棄した。すなわち、誰にも言えない理由があるんだ」
「その理由を解決できれば……」
「ソフィと本当の仲間になれる、と思う」
道周の言葉尻は不安げにしぼんだ。だが、その言葉はマリーに一縷の希望を与え、セーネが立ち直るわずかなきっかけになったことは違いない
「心の傷は時間をかけて整理するべきだ。俺がかけられる言葉はこれだけだけど、マリーはセーネの傍にいてやってくれないか?」
そう言って言葉を残した道周は、どこか気恥ずかしそうに踵を返した。振り返らないことなく広間の扉にまで歩むと、そのまま去ったリュージーンの後を追う。
「……というわけだ。良い仲間を持ったな、セーネ」
「スカーにも、迷惑をかけた。君の大切な民を、危険に晒してしまったね」
ようやく顔を上げたセーネは、細々とした声でスカーに謝罪をする。が、スカーは意に介さず呵呵大笑すると頭を上げた。
「何を言う。あの小娘、恐らくだが無策だ」
「……え?」
スカーの思いがけない快活な笑い声にセーネが顔を上げた。ポカンと丸くした目は涙で赤く腫れあがり、凛々しい顔がクシャクシャになっていた。
「でまかせであろう。あの小娘にそれだけの甲斐性はないとみえる」
「では、どうして見逃したんだい?」
「万が一のためさ。狡猾で卑屈な者ほど、窮地に立つと何をするか分からんからな。それこそ、死を覚悟して暴れられては堪らん」
スカーは淡々と語りながら円卓の席に戻る。長い脚を艶めかしく組んで顔を上げると、どこかやるせない顔で天窓を見上げる。
セーネはスカーの真意を汲み取り気持ちを改める。依然傷心は疼いて止まない。寂寞は去ってくれない。だが、見上げた前にしか道はないのなら、顔を上げ続けようと決めたのだ。
セーネという少女は、我が儘え我を通す傍若無人な道を行くと誓いを立てたのだ。この背中がうずくまっていれば、付いて来る者に示しがつかない。
「……済まないスカー、マリー。心配をかけた」
「もう大丈夫なの?」
「あぁ。正直に言えば夢であってくればいいと思うが、僕が悲しんでいても進まない。それに、ミチチカが言ってくれたようにソフィの本心を暴きたい。それができるのは、ソフィのことを一番知る僕が立ち上がらなければいけない」
セーネは震える膝に鞭を打って気丈にも立ち上がった。頬には涙が伝った跡が様々と残るが、セーネの顔には希望が戻っている。
マリーはセーネの復活に安堵した。一安心したと優しい息を吐いて、セーネの横の席について横顔を見詰める。涙の雨が上がったセーネの横顔は、やはり凛々しく整った隆起を誇る形に溜め息が漏れる。
マリーの視線に気が付いたセーネは、熱視線を向けるマリーに顔を寄せた。
「ありがとうマリー。ミチチカにもお礼を言わなきゃね」
「そうだね。けど、もっとデリカシーを持つように注意しておかないと」
「ふふ。そうだね。乙女心をしっかりと叩きこんで、僕好みに仕上げてみようかな……」
「え……」
マリーはセーネが惚気たかと思ったが、聞き間違いだろうと聞き返す。
セーネは言葉をはぐらかし回答を曖昧にした。悪戯な笑みもやはり画になる美しさを湛えていた。
ソフィという忠臣が残した傷は深く大きい。セーネの心は未だざわつき、うっかり勘違いをしてしまいそうなほど混乱もしている。
だが、その傷を、失ったものを補ってくれる仲間の存在に助けられ、最後の戦いに臨む決心と誓いを新たにした。




