激戦の果てに
吹き抜けた一陣の風は、ジャバウォックの群れのど真ん中を通過した。姿形のない風がジャバウォックを切り裂いた。その様はまるで一振りの槍のようであり、目の覚めるような爽快ささえ感じられる。
「もう一丁、大きいの行くよ!」
鼓膜を揺らす風切り音の中から、鈴の音のような声が響く。すると渦巻いた風が人型を形成し、1人の少女と1頭の幻馬が現れた。
風に揺れる金髪を手で抑え付け、向かい風に眼を細める。その華奢な脚で幻馬にしっかりと騎乗しており、空いた片手を空へ掲げる。
「さぁ、行きましょうマリー。脚は私に任せてください!」
金髪を靡かせるマリーに向け、空を駆ける一角の幻馬が嘶いた。その白く美しい身体と彫刻のような筋肉を駆動させ、紺碧の鬣が風に逆巻く。純白の一角を振り上げて、主を乗せる喜びと誇りを身体で表現する。
「それじゃあユゥ。高度を思いっきり上げて!」
「承知しました――――!」
ユゥと称された一角獣は、マリーの指示に迷いなく従う。一度はジャバウォックの群れを切り裂いて降下した一角獣と少女は、転身して天へと舞い上がる。再びジャバウォックの真ん中を通過し、見下ろす形でマウントを取った。
「それじゃあ、行くよ……!」
ジャバウォックを見下ろしたマリーは、ユゥの背に跨って手を振り上げる。その掌には爛々とした光の粒が渦巻いて、それは一つの光球へと収束した。
そして十分な大きさの魔法を形成したマリーは、一つ息を吐いた。満を持して振り下ろされた腕の挙動に従い、光球がジャバウォックの群れに落下した。
ジャバウォックの群れの最中で光球が閃光を放つ。思わず眼を覆いたくなるような輝きは、内包した熱量を遺憾なく放出した。周囲のジャバウォックは途端に焼き尽くされ、波紋となって広がる輝きがジャバウォックの群れを飲み込んだ。
光球の輝きは固まって群れるジャバウォックに効果てき面であった。たった一発の攻撃で、ジャバウォックの群れのほとんどが光の奔流に飲み込まれる。
「「「Buuubleee――――!」」」
ジャバウォックたちの断末魔が鳴り響く。奇声が重なる不協和音は不気味に木霊するが、ジャバウォックの焼失とともに途端に途切れた。
「残るは僅か。各個撃破、行きますか?」
「もちろん! 帰って来たら何やらピンチの様子。状況は分からないけど、ジャバウォックは敵で確定だからやっつけるよ!
……て、ん? んん? あれはもしやミッチーでは?」
天空から見下ろしたマリーは、地上に絶つ見知った顔にフォーカスを当てた。一度は他人の空似かと目を擦ったが、それはやはり見間違いではなかった。天上から大声を張り上げて手を振った。その声が道周に届いているかどうかは別として、マリーはユゥの背でピョコピョコと跳ねた。
道周も天空をかける一角獣とマリーに気が付いていたようで、手振ってマリーの声に応える。
「お知り合いですか?」
「うん。あれが話してた仲間のミッチー。降りれる?」
「もちろんです」
ユゥはマリーの指示従って天空を駆け下りた。蹄で空を踏み締めると、がら空きになったジャバウォックの群れを通過する。悠然とした歩みで大地に接近すると、立ち尽くす道周の前に降り立った。
幻馬を目の当たりにした道周は、幻覚でも見ているのかと目を擦る。失血多量の余り走馬灯でも見ているのかと目を疑うが、明確すぎる実感に現実だと悟る。
「マリーだよな? 隣の馬は、ユニコーンか? 俺は幻でも見ているのか?」
「違うよミッチー。この子はユゥ。私の友達」
「初めましてミッチー殿。私はマリーに仕える者でございます」
道周と相対したユゥは恭しく頭を下げた。紺碧の鬣を靡かせながら道周に敬愛を捧げる。マリーもユゥと同調して改めて頭を下げるが、道周から漂う血生臭さに顔をしかめた。
「ミッチー。その気がどうしたの?」
「あぁ、ちょっと苦戦してな。積もる話はあるが……、済まない、後でいいか……」
道周は朦朧とした意識でふらついた。覚束ない足取りの道周をユゥが身体で支え、マリーが左肩の裂傷の治癒を始める。
「ありがとうマリー」
「平気平気。応急処置だけど、やらないよりずっとましだからね」
マリーが道周の裂傷を塞いだ。同時に亀裂の入った骨も治療と不足した血液の充填も行う。道周は辛うじて自立と自走が可能な状態にまで回復した。
調子の戻った道周は凛々しい顔付きで天を見上げる。
「助かったよマリー。俺たちもジャバウォックの戦線に加わろう」
「その心配は要らぬようですよ。ミッチー殿」
道周の言葉をユゥが遮った。純白な一角で天を指し、双眸で太陽の昇る方角を仰ぎ見る。
その冷静で凛々しい声が指し示す方向を、道周一同も仰ぎ見た。そこに昇る太陽は赤く熱く燃え盛る。徐々に熱と光を増す陽光は、一筋の熱線を放って大地に降り注いだ。
「待たせたな、我が愛すべきテゲロの民よ。ニシャサの子よ。妾の威光の前に、邪悪よ溶解するがいい!」
誇り高く雄々しき声が火炎を放つ。黄金の熱線がジャバウォックの群れ一切の灰塵と還す。
ジャバウォックが敷き詰める曇天の最中、1羽の金翅鳥が戦慄いた。太陽神の参戦により、テゲロ及びニシャサの勝利が決定的なものとなった。
残るジャバウォックも掃討されるのは時間の問題である。一安心と胸を撫で下ろした道周たちは、スカーたちと合流すべく太陽神の宮殿へと向かうのであった。




