光を閉ざす暗幕
亜人たちの撤退劇は、見るも無残な退却を余儀なくされた。殿を務めた兵士たちは、ミノタウロスの暴力の前に儚く散っていった。
潰され割かれ裂かれ落とされて……。その死に様はミノタウロスによって弄ばれ、残された亜人たちの魂を辱めた。
「耐えろ……。今はテゲロと民を守ることだけに意識を集中させるんだ……!」
迫られた苦渋の決断に落涙する。その悔しさも怒りも飲み込んで、テゲロの民と兵士たちは太陽神の宮殿に逃げ込んだ。
いよいよ、宮殿が誇る鋼鉄の門が閉ざされる。宮殿を囲むのは高さ5メートル超えの外壁であり、唯一侵入の望みがある外門は25ミリの鋼鉄により固められていた。
この鉄壁を前に、さすがのミノタウロスも攻めあぐねた。
「GuuuRaaa!」
ミノタウロスは雄叫びを上げて鉄拳を振るう。桁違いの厚みの鋼鉄に拳打を撃ち込み、腕力による破壊を試みる。その連打で門は徐々に歪み始めるが、砕け散るにはかなりの時間を要するだろう。
猛り狂った咆哮を耳に、籠城する亜人たちは着々と次の手を用意していた。
「水門、開放!」
その号令で、外壁を囲む水路に濁流が押し寄せた。荒れ狂う水流はミノタウロスの腰の高さほどで荒波を上げ、大口を開けた大蛇の如き勢いで噛み付いた。
「Gaaa……gruuu……!」
怒涛の濁流に押され、さすがのミノタウロスも退いた。水の勢いに正面から立ち向かえば体力を削られてしまうという判断は、見事に亜人の作戦を見透かしていた。
だが、亜人にとってはミノタウロスを仕留めることが目的ではない。ミノタウロスの体力を削り、時間を稼ぎ、来るべき援軍に僅かな希望を託すことにあった。
亜人たちの作戦は上手に運び、攻め立てるミノタウロスの勢いを大きく退けた。水堀を敷いた宮殿の周囲は、足場をぬかるむ泥濘の土地に変える。この足場であれば、ミノタウロスの腕力を以ってしても鋼鉄の門を破壊することの難易度は格段に跳ね上がる。
「AAAaaa……、GURAAA――――!」
ミノタウロスは狂ったように吼えた。全身で繰り出す拳撃の威力は反比例し、先ほどまでの勢いは見られない。
亜人たちは確かな手応えを感じながら、気を緩めずに守りの姿勢を貫いた。
――――籠城から一晩を過ごした。
ミノタウロスの怒号と、鋼鉄の門を撃つ轟音は夜通し鳴り響き、籠城する者の精神を削った。ミノタウロスの声からは確かな疲労感が見られたが、一向に諦める気配は感じられなかった。
不安と恐怖の夜を過ごした亜人の方が、消耗が大きいと言えるだろう。
結果として落とす命は減ったが、この籠城が長くは保てないことは誰の目にも明確であった。
――――籠城から2日が経過した。
ミノタウロスの怒号は依然として鳴り止まない。先日の勢いから消耗する気配はなく、その体力が底なしのものではないのかという不安さえ感じられる。
事実、ミノタウロスの雄叫びが消えることは一瞬とてなかった。亜人たちの疲労が蓄積された故に、その咆哮が鼓膜に張り付いて離れない。
「いつか壊されるのではないか?」という不安が現実味を帯び、宮殿内に一触即発の雰囲気が充満していた。
送り出した伝令が、第3給水街の前線に立つイルビスの元に辿り着くまでおよそ一日半。援軍が駆け付けるまで早くても二日。そして太陽神が舞い戻るまでは不明……。
僅かな希望は濃霧の先である。だが、亜人たちは託されたテゲロを死守するために魂を奮い立たせ――――。
「「「Bbbuuurrrrrr!!」」」
鳴り渡る奇声に目の前が暗転する。その雄叫びは明らかにミノタウロスのものとは異なり、複数の声が重なった大合唱である。
それは空から来る。
ジャバウォックの咆哮が、遠雷のように宮殿に木霊する。
終わった――――。
亜人たちの脳裏に過る終末。地から来るミノタウロスの防衛に加え、ジャバウォックへの対空戦力もそれだけの余力もない。ただ殺戮し蹂躙するだけの怪物に、詰られ辱められて終わるのだ。
「――――らぁぁぁ!」
そして、それも空から降り注いだ。
彼は地平線の先から隕石のように飛来する。隕石というには余りにもずさんで乱雑に飛ぶ飛来物は、掲げた剣を振り抜いた。
彗星のような推進力と、全身を捩じる回転力で一閃する。闇を切り裂く光明が、ミノタウロスを切り裂いた。
「ふん!」
「GAAaaa!」
飛来した道周は天頂から魔剣を振り下ろした。完全なる奇襲となった一閃は、宮殿の門を叩くミノタウロスに狙いすまされている。
対するミノタウロスは間一髪のタイミング牛刀をかざす。
撃ち合った魔剣と牛刀は火花を散らした。たった一振りの攻防だが、道周とミノタウロスは敵対する者の何たるやを理解している。
「お前を、倒す―――!」
「WUuuRYyyy――――!」
因縁の深い2人が吼えた。




