超えられぬ壁
テゲロに侵攻したミノタウロスの猛攻は続いた。手始めに立ちはだかった大盾持ち5人を切り裂いた後、襲い掛かる兵士を愛用の牛刀で迎撃する。
息を揃えた鬼族、人虎、人狼の3人は鉄剣を掲げ、三方向から斬りかかる。鬼族はミノタウロスと同等の体格にものを言わせ、人虎は隆々とした腕力で剣を振る。人狼は持ち前のスピードで背後を取り、ミノタウロスの背中に白刃を突き立てた。
「Guryyy!」
「ふん!」
「そこだ!」
「AaaGyyiii!」
「背中は貰った!」
「Burooo!」
3人と1頭の攻防は熱を増す。ミノタウロスは3人の猛攻を膂力で受け流し、健脚から生み出す速度で飛び回る。
3人の亜人も食い下がって攻防を繰り広げ、脅威たるミノタウロスを討伐すべく息巻いた。
一見互角に見える攻防も束の間だった。痺れを切らしたミノタウロスは3人の剣閃を身体で受け止めると、動きを止めた瞬間に腕を振り下ろす。
「なっ……――――!?」
人虎の兵士が驚嘆の声を漏らす。剣の手応えと染み渡る流血は戦果であろうが、それと引き換えに眼にするのは巨木のような腕の一振りであった。その光景を最期に、人虎の兵士は虱のように潰される。
「き、貴様! それが人の殺し方と言うのか!」
鬼族の兵が仲間の死に様に怒り狂った。余りにも凄惨で慈悲もない一撃に牙を剥き、その巨躯でミノタウロスを羽交い絞めにする。
背中から身体を抑え付けられたミノタウロスだったが、それを御する方法を有していないわけがなかった。ミノタウロスは巨体を仰け反らせ、背中からテゲロの大地に飛び込んだ。細い脚からは想像もできない跳躍をして、背負う鬼族の兵を大地と巨体でサンドする。
「あ――――」
鬼族の兵の断末魔は、実に呆気ないものだった。体格はミノタウロスと同等であろうと、その身に秘める質量と体積が違いすぎた。ミノタウロスの肉質の固さと重さこそ埒外であり、その重量で鬼族の兵の身は潰された。
「Uuuummmuuu……」
鬼族の兵を潰したミノタウロスは、背中に伝う肉の感触と血の温もりに愉悦の笑みを溢した。高い知性のないミノタウロスであれど、本能が悦びを知っている。この殺戮と蹂躙こそ、ミノタウロスが求める潤いである。
「この……、よくも……!」
最後に残された人狼の青年が特攻を仕掛ける。持ちうる脚力の全てを以って突貫し、自重に速力を乗せて腱を突き出す。
「Buuummm!」
さすがのミノタウロスとて、人狼と速度勝負をして勝るほどの瞬発力はない。だからこそミノタウロスが取った行動は力任せの一択である。
快感に吼えたミノタウロスは握った牛刀で大振りをした。周囲360度を断ち切るような乱雑な横振りだが、単純な軌跡故に圧倒的な速度を叩き出し、人狼の右膝から下を断ち切った。
「んん!」
右足が離れ、鋭利な痛みが人狼の身に迸る。
人狼が苦悶に顔を歪め、僅かに動きが鈍った間隙をミノタウロスが見逃すはずがなかった。
ミノタウロスは巨掌で人狼の頭を掴むと、赤子のように持ち上げてその身体を弄ぶ。
人狼は巨掌に爪を立てて抵抗を示す。三肢をばたつかせて剣を突き立てようと振り上げるが、その一閃がミノタウロスの身を斬る前に腕が飛ぶ。
「GRuuuuu……」
ミノタウロスは穏やかな息遣いで牛刀を振る。その一閃で人狼の胴が断ち切られ、残った胸上はゴミのように投げ捨てられた。
「退避……。退避だ! 我らはこれより、太陽神が来るまで籠城する――――!」
誰かが叫んだ。その苦渋の決断に異を唱える者は現れず、全身全霊で退却の陣を敷き直す。
亜人たちのミノタウロスの攻防は、亜人たちの防戦一方のまま第2ラウンドに進んだ。




