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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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一穴の綻び

「至急伝令! テゲロに敵襲!」

「っ!?」


 突然舞い込んできた伝令の一言に、イルビスは豆鉄砲を喰らったように固まった。言葉の意味を理解し、状況を飲み込んだイルビスが次に取る行動は、リュージーンへ疑念の眼差しを向けることである。


「リュージーンまさか……、知っていたのか?」


 「何を」とは問わないが、イルビスの脳裏に過ったのは、旅立つ前にスカーが残した言葉だった。


『リュージーンという参謀、よくよく注視し動向を観察せよ。不審な行動を取れば斬り捨てても構わん』

『しかし、それでは魔女同盟と軋轢が生じるのでは?』

『問題ない。これは魔女同盟からの直々の申し出である』


 聡いイルビスがそれ以上を追求することはなかった。リュージーンという男のしたたかさを理解した上で、その真意を探ることには深く同調できたからである。


 ――――そして今こそ、リュージーンという不確定要素に白黒を付けるときではないのだろうか?


 そう考えたイルビスの手は、気が付けば帯刀した剣の柄に伸びていた。が、その剣閃が放たれることはなかった。


「っっそ! 遅かったか!」


 リュージーンの悔しさに満ちた怒号にも似た絶叫が木霊する。

 その表情に演技などはない。少なくとも、イルビスはリュージーンの雄叫びを疑うことができなかった。


「……リュージーンよ、策を練るぞ。こういうときのための魔女同盟であろう?」


 イルビスは手に込めた力をゆるりと脱力する。そして冷や水を浴びたような冷静さを以って、リュージーンに策を求めた。

 対するリュージーンも次の瞬間には思考を切り替え、その視線は飛び込んできた伝令の亜人へ向けられていた。


「最新の戦況は? こちらの防衛戦力はどこまで削られた?

 敵の数と構成も教えろ。それに、どの方角から来て、敵軍はどういう進路を辿った?」

「え、えと……。まず……、えっと……」


 捲し立てるようなリュージーンの質問に、伝令役の人狼の少年は狼狽えた。きっと少年の手元には詳細な情報があるのだろうが、リュージーンの剣幕と語勢に圧倒される。


「しゃんとしろ! それでもニシャサを背負う者か。たとえ伝令であろうと、役目を担うのならば胸を張れ!」

「は……、はい! 失礼しました!」


 イルビスの檄が飛んだ。口調こそは荒々しく厳しいが、その言の葉の力強さに少年は背筋を伸ばす。そして見違えるような饒舌さを以って、伝令としての役割を全うする。


「まず、戦況はこちらの圧倒的不利とのこと。テゲロに滞在した防衛軍およそ100のうち、現在2割強の兵士がやられています。現在は防戦に徹底することで敵の進軍を防いでいますが、それも時間の問題とのこと」

「何と、2割強も削られただと? テゲロの兵士がか!? そんなもの、いつ決壊してもおかしくない戦況ではないか!?」


 イルビスは半ば錯乱したような声を上げた。

 無理もないだろう。通常の戦争であれば、よほどの拮抗勝負でない限りは、戦力の2割が削られる前に撤退するのが定石だ。そうしなければ、数の差でより甚大な被害が出ることは確実であり、すなわち「大敗」を意味する。

 今回で言えば撤退こそできないが、それほどの戦力が瞬間的に敗北することなど、洗練されたテゲロの防衛兵では考えにくいことなのだ。

 取り乱したイルビスに代わり、リュージーンが続きの問い掛けを投げ掛けた。


「それで、敵軍の数は? 一体、どんな奇襲を仕掛けられ、劣勢に持っていかれた?」

「それが……」


 胸を張ったはずの人狼の少年が口籠る。その様子は先ほどの狼狽したものとは異なり、手元の情報が俄かに信じがたいような様子であった。

 しかしリュージーンたちにとって、テゲロの様子を探るための全てがその情報なのである。

 落ち着いたリュージーンは口調を整え、できるだけ穏やかに問い掛ける。

 すると伝令の少年も瞳穏やかに息を整え、満を持して手元の資料を朗読した。


「敵勢力は1。単体の正面突破です……」

「「…………は?」」


 こればかりは冷静ではいられなかった。

 指揮官と参謀として毅然・凛然を求められる2人が、声を揃えて目を丸くする。


「まさか、アイリーンによる奇襲か? まさか、魔王本人……?」


 リュージーンの脳裏を過った最悪の思考が、言葉となって筒抜けとなる。


「いいえ。丁度、あのような姿の怪物が……――――」


 が、伝令の少年は首をふるふると横に振って、目の前の戦況を指さした。

 2人は少年に示されるがままに振り返り、先ほどまで優勢に傾いていた戦場を見渡した。と同時に、次の伝令が飛び込んでくる。


「新手です。牛の頭をした大男の怪物が約10。ものすごい強さです!」

「GuuuRYYyyy!!」


 戦場を掻き乱す猛牛の雄叫びが、嫌に脳裏に張り付いた。

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