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異世界転生は履歴書のどこに書きますか  作者: 打段田弾
第6章「異世界大戦」編
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鉄壁の将

 第三給水街の商業の拠点である宮殿の形を模した商業センターは、今や魔王軍の大軍に抵抗するための要塞と化している。その頂上で長剣を構えたイルビスが、大きく息を吸いこんだ。


「対空ハーピィ部隊、放てぇぇぇ!」


 イルビスのがなり声が木霊した。指揮官の指示に従い、空中を攻めるジャバウォックの群れへ目掛けて砲弾が投げ込まれる。その数およそ100発。

 ジャバウォックたちが駆ける空よりもさらに高い天から、半鳥半人の亜人「ハーピィ」によって驟雨のように注ぎ込まれる。そして地面から撃ち込まれた砲弾が起爆剤となり、連鎖的に大爆発が空を覆った。


「まだ気を抜くな。敵は知性のない怪物だ。身体がもげようと、命ある限り這いずってでも攻めて来るぞ。地上の部隊は墜落した怪物に、確実に留めを刺せ!」

「「「うおぉぉぉ――――!」」」


 ジャバウォックと敵対したことのあるリュージーンからの情報が大いに役立つ瞬間である。

 三階建ての商業センターの頂上からでもイルビスの指示はつぶさに行き渡っていた。


「この……、怪物が!」

「これでどうだ!」

「怪物といえど所詮は動物、取るに足らん!」


 ニシャサの兵士たちは、その一人一人が屈強な亜人である。敵が奇形の怪物といえど、恐れを抱くどころか、遅れを取ることは一切ない。各個の力量が確かな基礎に下支えされているからこそ、ジャバウォック500超に対し、戦力200という歪な防衛戦線は維持できているのだ。

 第三給水街まで撤退を余儀なくされたのは、亜人たちにとって屈辱である。

 その要因は、突如として現れた大軍に対する戦力がすぐに揃わなかったこと、そして空を飛ぶジャバウォックに有用な戦力がハーピィと対空砲に限られ後手を取ってしまったことにある。

 しかし現状では商業センターを要塞化し砲手も十分。ハーピィたちの空爆によってジャバウォックの翼を奪うことで、戦場を空から地上に引き込んだニシャサ側の戦略勝ちである。

 無論、空爆を逃れたジャバウォックも存在するが、当初の500という数に比べれば取るに足らない数である。対空砲とハーピィの空中部隊で補うには、十分すぎる撃墜であった。


「Buuurbleee――――!」


 しかし、どこにでも「例外」という者は存在する。ジャバウォックの中には特に巨体を誇る者、身体の一部が異常に発達した者などのイレギュラーが沸き立ち、戦線を掻き乱しているのも事実であった。

 とぐろを巻くほどの長首で距離を縮め、虚を突かれた兵士の頭を食いちぎる。

 胴より大きな巨爪を振りかざし、盾を切り裂き鎧ごと踏み潰す。

 巨体にものを言わせ、剣戟に顔を歪めながら蹂躙する。

 それらの個体に対しては、さすがの亜人たちとて手をこまねいていた。亜人の戦闘スタイルはベーシック故に応用は利くが、能力が突出した敵に対しては後手に回らざるを得ないのだ。


「そこです!」


 そこで三面六臂の活躍を見せるのが、突出した個の実力者である。その筆頭こそ、魔女同盟が誇るスピードスターこと、ハーフエルフのソフィ・ハンナであった。

 ソフィは愛用の短剣を片手に、その素早さを十全に生かして戦場を駆け回っていた。元の素早さもさることながら、巨躯の集う戦場においてソフィの小柄は捕えるに難い。まさに「目にも止まらぬ」という速度と器用さ、そして要所要所で放たれる魔法での攪乱により、戦況を優位に運んでいた。


「いいぞソフィ。それでこそ魔女同盟だ! がはは!」


 片や魔女同盟が誇る参謀、リザードマンのリュージーンは高笑いをしている。安全圏となっている商業センターで高みの見物をしながら、意気揚々と戦況を眺めていた。同じ亜人のリザードンたちが戦場で血を流しているというのにも関わらず、いい身分である。


「……妙だな」


 とは言っても、リュージーンはただ戦況を傍観しているだけではない。「傍観」と言えば人聞きは悪いが、「俯瞰」と言えば聞こえはいい。リュージーン曰く、高みの見物は戦況を俯瞰するためのものであると言う。

 そしてリュージーンが気が付いたのは、ジャバウォックたちが織り成す異様な隊列であった。

 知性を持たないジャバウォックは、かつてナジュラを蹂躙したことを思い出す。

 ジャバウォックたちは視界に入ったもの全てを襲っていた。しかし、今回のジャバウォックは空中から攻め時を見据えて隊列を組んでいた。

 その行動は、ジャバウォックの戦いっぷりを知っているリュージーンから見れば歪に感じた。


(整った隊列は、恐らくアイリーンの指示が行き渡っているんだろう。の割には全く戦略性が感じられない。アイリーンめ、どれだけ命を軽んじているんだ……)


 リュージーンは地平線からやってくる次のジャバウォックに目をやった。第二派とも言える軍勢は、恐らく総500のジャバウォックの一部であろう。


「次の大軍が来るぞ。対空部隊、次弾を整えろ!」


 砦の上から、イルビスの指示が飛ばされた。その声に従い、ハーピィたちは砲弾を持ち上げ、対空砲には次の砲弾が装填される。

 だが、一人リュージーンは愚直に正面から迫り来るジャバウォックの群れに違和感を覚えた。


(相変わらず正面から大軍で攻めるだけ、展開するでもなく真っ直ぐに……。まさか……!?)


 思案するリュージーンの脳裏に、「陽動」の一言が過った。一度でも最悪の事態が頭を上げてしまうと、その可能性について思考を深める。


 今までの魔王軍の攻め方は、奇襲を仕掛けた割には攻め気に欠ける。折角、領主のスカーが不在の間に仕掛けたのにも関わらず、これではスカーが戻ってきてしまうのではないか?

 そんなことを、したたかな魔王がするだろうか?


 リュージーンは作戦を練る。思考の海に潜り込む。より深くへと可能性の網を巡らせ、魔王の思考をトレースする。


「――――……イルビス」

「何だリュージーン? 今はお前の戯言に付き合っている時間はない」

「いいから聞け」

「……手短に話せ」


 いつになく真面目なリュージーンの瞳にイルビスが折れた。イルビスの視線は戦場に向きながらも、リュージーンの言葉に耳を傾ける。


「30でいい。戦力をオレに預けてくれないか?」

「馬鹿か。聞くんじゃなかった」


 イルビスは即答した。少しでもリュージーンに期待した自分が馬鹿だったと後悔し、その意識を目の前の戦況に戻した。

 リュージーンは呆れて溜め息を吐いたイルビスを揺さぶり、無理矢理意識をより戻した。


「待て待て! 最後まで聞けって!」


 リュージーンに揺さぶられ、イルビスは渋々顔を向ける。その眉には深いシワが刻まれ、失言を許さない威圧感を放っていた。


「この雑な攻め方、「陽動」の可能性がある。本命は首都のテゲロだ」

「テゲロにも防衛戦力は残している。

 これ以上というのなら根拠を示せ。優位に運んでいる戦況のリスクを冒してまで戦力を分ける、その意味を語れ」


 では遠慮なく――――。


 リュージーンが8割の真実に2割のブラフをブレンドし、イルビスを言い負かしてやろうと息を吸いこんだ。同時に伝令が飛び込み、切れ切れの息と青ざめた血相で緊急事態を叫ぶ。


「至急伝令です! テゲロに敵襲――――!」

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