戦線へ
駆け出した道周は、まるで跳ね返る弾丸のように。蹴り倒した椅子が砕ける様など目にも留めず、いの一番に扉から外へ駆け出した。
「ちょっと待たれよ!」
スカーが飛び出した道周を引き留めた。もちまえの健脚で道周に追い付くと、スカーの細腕からは想像もつかない怪力で肩を掴む。
「止めるなスカー。これはニシャサに迫る問題でもあるんだ。スカーが行かずして誰が行く!?」
「だからこそ落ち着けと言っておる。冷静さを欠けば、魔王軍の思う壺だぞ」
熱くなる道周を、至極冷静なスカーが説得する。スカーの手にはしっかりとした力が込められており、急く道周をきっちりと引き留める。
「いいかミチチカ。エヴァーは周囲を敵対勢力に囲まれ、恐らく兵力においても我ら同盟より劣っていると考えてよい。そんな敵方が逆転の目を賭けるのであれば、それは攻勢に転ずることだ。1度の奇襲から、こちらの連鎖的な瓦解を目論んでいるのなら、それに乗ってしまうことこそ悪手であろう?」
「ぐ……。
それもそうだ。けど、そうだけど……!」
道周はスカーの正論をよく理解した。その上で、正論ではやり過ごすことのできない感情論が、道周の畝の中で渦巻いていた。
「でも、このタイミングでの奇襲ってことは……」
道周は言葉を濁らせる。道周が言わんとしたことを察したセーネが歩み寄る。
「僕が仕掛けた「罠」かもしれないからだね。この場に領主が集結することは、限られた人間しか知らない。そしてスカーが不在のニシャサに奇襲……。この好機は、内通者によって魔王軍に流れていたってことになる」
「そう……。そしてその情報を知らされていたのは、領主たちと限られた側近、そして魔女同盟の一部だけ……」
道周は言葉を詰まらせた。俯いて「まさか」の事態に戦慄する。仲間を信用したいという気持ちと同時に、突き付けられた現状を整理する。
しかし終始冷静なスカーは、道周の感情を踏まえた上で言葉を紡ぐ。
「だからこそ、其方は真実を確かめなけらばならない」
「……どういうことだ?」
スカーの静謐な声音に当てられ、道周は次第に冷静さを取り戻す。そしてスカーの意図を案じ、首を傾げた。
スカーは聞く耳を持った道周に一抹の安心感を覚え、鷲掴みにしていた手を解いた。
「よいかミチチカ、其方は妾妾と共にニシャサの戦線へ来い」
「それなら僕も行く」
「それは駄目だ」
スカーの提案にセーネも挙手した。だが、スカーは即答で拒否した。
セーネは豆鉄砲を喰らったように目を丸くする。
「よいかセーネ。其方はすぐにイクシラに戻れ。仮にイクシラに敵勢力が及んでおれば、夜王と共に迎撃せよ。そしてグランツアイクは獣帝が守護せよ」
「おうよ。おれがいる限り陥落することは絶対ないと思え」
「わ、わかった……。けど、イクシラの安全が確認でき次第加勢に行く。僕だって「魔女同盟」の一員だ。それくらいの権利はあるだろ?」
「もちろんだ。そのときは期待しておるぞ」
スカーとセーネは静かに握手を交わす。そしてすでに旅立つ用意を終えている道周は、スカーの出発を待つのみである。
「さぁ、行くぞミチチカ。其方の力、存分に借りる故覚悟せよ」
「おう! いつでも行けるぞ!」
スカーも用意を終える。そして火炎の権能を発現させ、黄金の熱翼で宙を舞う。
「全力で飛ぶ。振り落とされるでないぞ――――!」
飛翔したスカーは道周を拾い上げる。細腕から発揮される相変わらずの怪力で道周を持ち上げ、目にも止まらぬ速度で駆け抜ける。
西のグランツアイクから南のニシャサへ目掛け、空路で行くと旅路はおよそ数日。その道程をスカーが行くのならば、およそ数時間。半日もかからない間に、道周たちはニシャサに舞い戻る。




