強さの根源
「すぅぅ……――――」
白銀の十字剣を帯刀した青年は、吸い込んだ息を長く深く吐き出した。己の血流を操るように、身体の髄を意識して重心を整える。腰を落として柄に手を当て、見開いた瞳で攻勢の機を見極める。
「――――はっ!」
納刀した剣を引き抜いて、高速の抜刀を放つ。白銀の十字剣、「魔剣」と称される剣を抜刀した道周は、目にも止まらぬ一閃をお見舞いした。
「ぬぅ……!」
道周の一閃を受け止めるのは、獣人たちを纏め上げる獣帝ことバルバボッサ・バイセだ。その巨体の腹部を狙って放たれた剣閃を、暴風の権能で受け止める。
本来の魔剣が持つ「神秘を絶つ神秘」であれば、権能による防御を貫通していただろう。しかし、現在の魔剣から神秘は失われてしまっている。道周は暴風の防御壁に魔剣を突き立て、腕力で突破しようと剣を捻じ込む。
「むん!」
「ぐっ……!」
魔剣の攻撃を跳ね返したバルバボッサは、追撃と言わんばかりに巨腕を奮う。その剛拳で道周を狙い打つが、転身した道周はひらりと身を翻して回避する。
「ふん! は! せいや!」
「っ……!」
バルバボッサの連撃を、道周は間一髪のところで回避する。当たりそうで当たらない拳撃に、バルバボッサはフラストレーションを溜めていく。
「この、素早いな!」
「そこだ!」
痺れを切らしたバルバボッサは、追撃の手が雑になり大振りとなる。その隙を見出した道周は、素早く大地を蹴って反撃に出る。
淀みのないカウンターは、確実にバルバボッサの腹部を穿つ。だが、魔剣が獣帝の肉を割くことはなかった。
「くっくっく……。動きはよくなっているが、今一つ攻め手に欠けるな?」
「だと思うなら、権能で防御しないでもらえます?」
「たはは。それはできないそうだんだな。ガードしないと痛いじゃないか。それに、攻撃に雷撃を使っていないだけありがたく思えよ」
一戦終えた道周とバルバボッサは、攻防の間に見せた鬼気迫る表情とは打って変わって朗らかに言葉を交わした。
マリーをチョウランに見送った後の道周たち「魔女同盟」は、各領域の調整のためにバラバラになるという行動指針を取った。セーネはイクシラを担当し、ソフィとリュージーンは復興の手伝いを含めたニシャサを担当。そして道周はグランツアイクを担当することとなった。
グランツアイクに戻ってきた道周は、現状の報告と今後の同盟の動きについての打ち合わせを行った。領主のバルバボッサと、執政を担当するモニカと意見を交わし、指針を深める。
のだが、最終的にはチョウランの加勢があるかどうかや、情報の往来のタイムラグなどにより、滞在する時間のほとんどを手持ち無沙汰に過ごしていたのだ。
そこでバルバボッサにより道周へ発案されたのが、先の戦闘訓練である。魔剣の神秘が失われたのならば、道周に残されたのは自力による白兵戦のみだ。かつて異世界を救った剣士としての勘を取り戻すことはもちろん、それ以上の力を付けるように激しい訓練を繰り返していた。
汗を流した道周とバルバボッサは、近くを流れるテテ河の河原でくつろいでいた。適当な石や切り株に腰を下ろし、熱を持った身体を大河を吹き抜ける風に晒す。
「ミチチカもだいぶ戦えるようになってきたな」
「まぁ、感覚を忘れていたこともあるし、魔剣の性能に頼ってきた節もあったからね。剣技だけなら、全盛期を超えたんじゃないかな」
「……ミチチカよ」
「どうしたんだよ、急に神妙な顔をして」
道周は真剣な声音になるバルバボッサを冷やかして見せる。だが、バルバボッサの雰囲気がおふざけではないことを見抜くと、その発言に耳を傾ける。
「ミチチカは自分の武器を何だと思っている?」
「自分の武器……、か。魔剣は……、そういうことじゃないな。
だとすると、「経験」かな?」
しばらく迷った道周は、考え抜いて1つの回答を上げる。
しかし、バルバボッサは首を横に振った。
その即答・即否定に、さすがの道周もムッとする。声を尖らせて、バルバボッサに噛み付いた。
「じゃあ何だて言うんだ?」
「そう食って掛かるな若者。20余年しか生きていない人間の経験が、何十年と生きている者の経験に勝るはずがないだろう馬鹿者」
「ぐ……。でも、異世界転生したって経験は俺くらいだろうし……」
「言い逃れをするな。今は戦闘での話だ。
いいかミチチカ。お前の強みは、ずばり「眼」だ」
「……眼?」
想定外の答えに、道周はオウム返しをした。道周自身の視力は悪いとはいえないが、特筆するほどよくもない。
バルバボッサは道周の「眼」こそが強みだと言う。
「いいか。「眼」と言っても単純な視力の話ではない。おれが言いたいのは「観察眼」に「推察眼」、そして相手の動きを見切って先を読むための「着眼点」のことだ。
そういった優れた「眼」で戦場を潜り抜けるということは、それだけ正しい情報をより多く得るということだ。ま、そういった点では「経験値」としては優秀ではあるがな」
「なんだよ。半分正解じゃないか」
「そう正解にこだわるな。要は己の剣技や魔剣の性能に驕ることなく、冷静に見極めろよってことだ」
たはは!
バルバボッサは相も変わらず豪快な笑い声を上げる。
道周は唯我独尊たるバルバボッサの回答に半ば呆れながらも、核心を突いている発言には納得せざるを得なかった。バルバボッサの発現には一理も二理もある。この言葉に宿る説得力が、バルバボッサの言うところの「年の功」というやつなのだろう。
(全く、どこの世界でも、経験者の言葉には敵わないな……。俺もまだまだってことか……)
道周は内心で完敗を認めながらも、それを口に出すことは決してしない。言葉に変えてしまえば、きっとバルバボッサが調子に乗るだろうという確信があったからだ。
問答をした2人の間には、再び静寂の時間が戻る。2人の間に吹き抜ける冷たい風は火照った熱を奪い、熱くなった頭に冷静さを呼び戻す。
さぁ、もう一戦といこうか。
道周かバルバボッサか。どちらかが切り出そうと空気を吸い込んだ。そのとき、吹き抜ける風が跳ね回り、意思持つ形跡を持って河原の砂塵を巻き上げる。
「何、だ……?」
渦巻く砂嵐に、道周は思わず顔を覆って睨み付ける。不信感で吐き出した言葉ではあるが、旋風の正体に気が付くと敵意は消え失せた。
「お二方、一緒に来てもらってもいいですか? いいですね。では付いて来てください」
凛とした声とともに、旋風が吹き止んだ。同時に舞い上がっていた声の主が上空から落下すると、河原の石を踏み砕いてド派手に着地する。
砂煙の中にいても背筋を伸ばし、凛然とした瞳は鋭い。灰色の三角耳をピンと直立させ、オオカミの獣人であるモニカが振り向いた。
「セーネ様、スカー様がお揃いですよ?」
「……へ?」
モニカの藪から棒な発言に、道周は素っ頓狂な声で疑問符を掲げた。




